<SS Blessing 2>


愛されている。


自惚れでは、きっと無い。


彼の溢れるような愛情が、掌から、唇から、熱い肌から・・・手に取るようにわかる。


愛されている。



そして、自分も、この人を



愛して、いる・・・・・・。




「・・・ティファ?」

荒い息遣いの中、クラウドを身体の奥に感じながら、ティファの瞳から涙が一筋伝う。

困ったように蒼眼を細める彼にティファは僅かに頭を横に振った。

「何でもない・・・クラウド・・・もっと、ぎゅって、して」

背中に回した腕に力を込める。



愛し、愛されていることを自覚するたびに



どうしてこんなに



不安が心を侵食するのだろう






「ねえ、ティファ。」

「なあに?」

「・・・ティファって、クラウドのこと好きでしょ」

「な・・・なによ、急に」

「好きでしょ?」

「クラウドは・・・幼なじみよ」

「・・・ちょっとちょっと〜、私にも言わないつもりなわけ〜?」

「だから!・・・幼なじみだってば!」

「もうー・・・素直じゃないなぁティファは」







ティファは静かに目を覚ました。

瞳から流れ落ちる涙をそっと拭う。

隣で静かな寝息を立てているクラウドを起こさないように、そっと服を身に纏った。


行かなければ。


ふらふらと、裸足のまま寝室を後にする。



行かなければ、ならない。



店のドアを開け放したまま、ティファの足は行く場所をしっかりと定めていた。







体の横に違和感を覚え、クラウドは目を覚ました。

「・・・ティファ?」

腕の中で眠っていたティファが居ない。

シーツの冷たさから、随分と時間が経っていることが計り知れた。

クラウドは衣服を纏うと階下に向かう。

開け放たれたままの扉を視認すると、外へ飛び出した。

見渡す限りでは、彼女の姿は見当たらない。

見当もつかずに闇雲に探すのは得策ではないと

少し思案する。

先刻の不安げに縋り付いてきた彼女が脳裏に浮かぶ。

嫌な予感が鼓動を早めていた。

「・・・くそっ」

少し前は彼女にこんな思いをさせていたのだろうかとふと思う。

改めて自分のしでかした事に嫌悪を覚えた。

舌打ちすると、店の中に目をやる。

カウンターの上に一輪の花。

ティファが毎日かかさず飾っている、花。

「・・・・・・・・・」


『クラウド』


声が、聞こえた気がした。


クラウドは店の扉を施錠すると、軒下にとめておいたバイクに飛び乗った。







教会の扉をそっと開けるとティファはうつろな瞳で辺りを見回した。

「・・・エアリス・・・」

その名前を口にするだけで、涙があとからあとから溢れ出た。

頭がぼうっとする。知れず、呼吸がしづらくなる。

「エアリス・・・どこ?」

ふらふらと彷徨い、滲む視界を手の甲で拭いながら呼び続ける。

澄んだ清らかな水をたたえた水面はただ静かにティファの声を響かせるのみ。

ティファは膝をついた。


私、言ってない。


崩れ落ちるように手をつき、ぽたぽたと零れ落ちる涙の跡が地面に吸い込まれる様を見ていた。



エアリスに、本当の気持ち、伝えてない。


「・・・ふ、・・・ぅっく」


嗚咽が漏れる。


あなたに、嘘を、吐いたまま。


「わ、たし・・・ひっ・・・クラウ、ドが・・・っく・・・好き、・・・」


でも、でもね


「・・・エアリス、も、・・・好、き・・・うっ」



こんなずるい私のところに彼女が来てくれるわけない。


「こんな、自分が・・・大っ・・・きらい・・・!」


力を込めて掌に砂利を掴む。





『ティファ』



呼ばれた気がして、涙でぐちゃぐちゃの顔をあげる。のろのろと。


見覚えのある、ブーツ。


くるくるとした栗色の長い巻き髪。


春の草原を思わせる、懐かしい翠色の瞳…。


柔らかい笑顔が、手をさしのべる。


「エ、アリスぅ・・・・・・」


しがみついて、その名前を呼んだ。


逢いたかった。

逢いたかった。


声をあげて、泣いた。



『・・・ばかな子ねぇ・・・』



ぽんぽんと泣きじゃくる背中をたたかれる。まるで小さな子をあやすように、優しく。


「エアリ、ス、・・・っく、・・・わたし、・・・ひっ・・わ、たし、・・・ね、」

たくさん、たくさん話したいことがあった。

なのに言葉がうまく出てこない。もどかしさをエアリスの背中に縋りついた手に込める。



『ティファ?』


暖かい手がすっとティファのお腹にふれた。


『・・・大事に、するんだよ?』


ちゅ、と柔らかな唇がティファの額に降りてきた。


『しっかり、ね』


閉じた瞳の奥でエアリスが花のようにふわっと笑う。



『私も、ティファが大好きよ』






「・・・ファ」



「ティファ!」


ぼやけた視界に、クラウドの顔が映る。


クラウド・・


気がつくと、いつのまにか抱かれていた腕は彼のものに代わっていた。

怒っているようなクラウドの顔。


クラウド、私・・・私ね、


エアリスに、逢えたよ―――――。


「ティファ!!」


クラウドの叫ぶような声が遠くなっていく。

ゆっくりと、意識がフェイドアウトしていった。








「ご主人ですね、こちらにどうぞ」

叩き起こした医者に呼ばれて、クラウドは待合室の椅子から立ち上がった。

これまでにない、「失うこと」への不安と恐怖に苛まれていた時間は正確にいうと短かったのだが、彼にはひどく長く感じた。

額の前で祈るようにきつく合わされていた両手が血色を失っている。

のろのろとした思考は、医者が自分のことを「ご主人」と呼んだことの意味に、その時は気付きもしなかった。







・・クラウド・・・?

ティファがぼんやりと目を開けたのは夜明け間近。病室の窓が白んできた頃だった。

寝台の横で、まっすぐに自分を見つめて微動だにしないクラウドがそのかすかな明かりのなかで佇んでいた。

「・・・どうして黙ってたんだ」

膝に肘をつき、組んだ両手の指を口元にあてたまま、静かなトーンで問われた。

何が?と聞こうと思ったが、言葉が出てこなかった。

夢なのかしら、と未だはっきりしない意識の中でその大好きな響きに耳を傾ける。

夢なら、聞いているだけでいい。

「気がつかなかったのか・・・?」

何の話だろう。

しかし、思考が追いつかない。ひどい睡魔がティファを襲っていた。

もっとこの人の声を聞いていたいのに。

「ティファ」

小さな、掠れたような声が、さっきより近くで聞こえた。顔を寄せているのだろう。

瞳を閉じたティファには見えなかったが、彼の気配を頬に感じた。

「・・・ありがとう」

声が、震えているような気がした。


クラウド、泣いているの?


その頭を抱え込んで、抱きしめたいと思ったが、体が言うことを利かなかった。

優しい口付けを受け、その温かさに安堵を覚えたティファは、

そのまままた深い眠りに落ちてゆく。


next    back(1)

戻る