<SS Blessing 1>
苦しい。
息苦しい。
どうしてこんなに、息がしづらいのだろう。
・・・ああ、これは、
夢・・・なんだわ。
小さな嗚咽と共にティファは寝台から跳ね起きた。
今やっと呼吸が復活したかのように、激しく吸い、吐いた。
体中いやな汗でべとべとする。
額の汗を拭おうとして、気付く。
自分が泣いていたことを。
Blessing
「ティファ!おはよう!」
元気な二人の子供たちの朝の挨拶にティファは少し安堵した。
「おはよう、デンゼル、マリン」
二人のおでこに軽いキスを落とし、持っていた焼き立てのパンをそれぞれに配る。
「いただきまーす」
「はい、どうぞ」
おいしそうにスープやオムレツをほおばる子供たちを順に見やり、ふと自分が座る隣の席を見つめる。
そこに朝食の用意はない。
「・・・クラウド、ちゃんと朝ご飯食べてるかな」
心を見透かされたような驚きで、マリンを見る。
「大丈夫よ。雇われてるんだから、大事にされてるはず・・・」
ああ、相手はバレットだったわ、・・・大事にはされてないかも。
ふふ、と笑みがもれる。
「大丈夫よ・・・きっと」
デンゼルがパンにかぶりつきながら言った。
「ティファ、ご飯食べないの?」
「ん?私?・・・そうね、昨日食べ過ぎちゃったからかな?あんまりお腹空いてなくて」
マリンが怪訝そうな顔をする。
「朝ご飯はちゃんと食べなきゃダメだよ、ティファ」
少ししわの寄ったマリンの眉間を人差し指でつん、とつつき
「はーい、あとでちゃんと食べまーす」
右手を挙げてみせる。
「・・・ふざけないで!ティファ、昨日だって夕飯ちゃんと食べてないじゃない!」
デンゼルがぽかんと口をあけたまま驚いてマリンを見ている。
きっと自分も同じような表情をしているのだろうと考えた。
「最近、なんだか顔色も悪いよ?どこか悪いの?・・・それとも・・・」
「マリン」
ティファはふっと優しい笑顔になった。
この娘にはかなわない。女の子とはこうも鋭いものだろうか。
「ごめんね、心配かけて。でも大丈夫。ちょっと最近胃の調子が悪いだけ。
店でお客に付き合ってるからかもしれないわ。今夜から気をつけるね」
出来るだけ言葉を選び、慎重に答えた。
「でも、・・・ティファ」
「大丈夫。マリンが心配してるようなことは絶対無いわ。だって昨日だって電話がかかってきたでしょ?」
マリンはきっとあの頃のことを言ってるんだと思った。
クラウドが、突然居なくなった頃の事を。
あの時は・・・寂しさと辛さで自分を抑えられなくて、・・・マリンやデンゼルに随分と気を遣わせてしまった。
情けない思い出だ。
「私たちは、もう大丈夫よ」
言い聞かせるようにマリンとデンゼルの瞳を交互に見ながら言った。
柔らかな笑顔に、マリンは少し納得したようだ。
「わかった。で、お医者さんには行ったの?お薬は?」
「大丈夫!これくらい。今夜からお酒じゃなくてこっそりお茶を飲むことにするから。すぐ良くなるわ」
これではどちらが母親なのかわからない。
ふと時計を見て驚く。
「あ、やだ!もうこんな時間!急いで、二人とも」
最近、エッジには簡易の学校が出来た。孤児たちも通えるように教本、紙や鉛筆は支給されることになっている。
大勢の子供が入学した。
デンゼルもマリンも友達がたくさん集まる学校が毎日楽しみのようだ。
店の扉の施錠を解くと、外に見慣れた顔。
「デンゼルー。リックスが待ってるよ、早く早く!」
かばんを横がけにしながらデンゼルが駆け寄る。
扉を開けてやりながらデンゼルが少し神妙な顔をしている事に気付く。
「デンゼル?」
「あのさ、ティファ。」
目を伏せがちに、ちょっと拗ねたような口ぶりは誰かを思い起こさせる。
「俺、・・・その、クラウドがいなくても・・・俺が、ティファを守ってやるからな!」
最後は言い捨てるように。
「行くぞ、マリン!」
デンゼルに手を引かれたマリンがにっこりと呆けている自分に微笑んだ。
「い・・・行ってらっしゃい!」
「デンゼル、かっこいい!」
マリンの賞賛にデンゼルは耳まで赤くして、いつものように誰かさんを真似て肩を竦める。
足早に駆けていく子供たちの後姿をティファはしばらく扉に寄りかかって眺めていた。
あの事件からもう3ヶ月が過ぎようとしていた。
すぐあとには、街で暴れまわったバハムートが残した残骸の撤去や再建に携わっていたクラウドも、ほどなくしてデリバリーサービスを再開した。
いっとき、安らぐような日常が戻ってきた。と思われた矢先、バレットから召集がかかったのである。
『落とし前をつける旅』で見つけた希望。油田の開発だ。
これにはすでにリーブが手を貸し、万事万端に進められていたのだが、突然集まり始めた人の群れに刺激されたのか、
その地のモンスターが急に襲撃を始めたらしいのだ。
そのあまりの数の多さと凶暴さに耐えかねて、クラウドに依頼が舞い込んだということだ。
「行ってくる」
優しく微笑んで軽くキスを交わしてから、3週間が経とうとしている。
クラウドの居ない生活。
以前と決定的に違う事と言えば、毎晩必ず電話がかかってくることだろう。
子供二人とかわるがわる毎日一日にあった出来事などをあーでもない、こーでもないと、どうでも良いことでもなんでも。
よくだまって聞いているものだとティファは感心さえした。
最後にはきちんとティファにも代わり、照れくさそうな「おやすみ」の一言で一日が終わった。
ティファはふ、と気がついた。
朝、食事に使ったテーブルに突っ伏して、少し眠ってしまったのだと思考がめぐるまで時間がかかった。
手にはダスターが握られたままだった。時計を見ると、十数分過ぎている。
「ふう・・・」
そのまま椅子の背もたれに寄りかかる。
「・・・っつ」
上体を前傾させ右手を胃の辺りにやる。相変わらず調子が悪い。
あの夢のせいだ。
ティファは目を閉じたまま眉根を少しだけ寄せる。
近頃は滅多に見なかったのに。
「おかげで寝不足・・・」
口元をかすかにあげて自嘲した。
本日最後の客を送り出して扉を施錠すると、ティファは大きくため息をついた。
最後まで使われていたグラスを洗い、念入りに拭く。
棚にしまうと、もうすることはなくなってしまった。
子供たちは学校に備えて早めに寝かせてある。
「シャワー浴びて・・・寝ようかな」
眠るの、恐いな。
クラウドの指定席である一番奥のカウンターのスツールに座り、足をぶらぶらさせる。
そういえば、今日はクラウドからの電話がまだ無い。
まあ、今頃かかってきても子供たちを起こすわけにもいかないから、
「・・・たまには、あるよ。こんなことも」
ひとりごちてテーブルに腕組みし、そこへ頭を乗せる。
「でも・・・会いたいよ、クラウド」
どうせ、またあの夢、見るんだ。
一面の炎の海。
ニブルヘイムの惨劇。
燃えているのは…私の家だろうか・・・
ちがう、あれは・・・一番魔晄炉・・・。
そして、崩れ落ちた7番街のプレート・・・。
細く、長い、鈍い光を伴った凶刀が
切り裂くのは
私の体・・・?それとも・・・
ひやり、と少し冷たい感触が額を覆う。
なんだろう、気持ちがいい・・・。
おでこにあてがわれる、大きな掌。
昔、熱を出したとき、お父さんがよくこうやって・・・
「ティファ」
ぼんやりとあげた瞼が瞬きを止めた。
聞き覚えのある声に思考が引き戻されたからだ。
「・・・クラウド?」
がば、と顔を上げる。
「クラウド!!」
目の前に、クラウドがいた。心配そうな影を落とした魔晄色の瞳が小さく揺らいでいる。
「大丈夫か、ティファ」
「え・・・どうして?クラウド、今帰ったの?仕事は?」
心臓が、早鐘を打っている。
クラウドはおでこに当てていた掌を離し、今度は上体を起こしたティファの首筋に手の甲をあてた。
「・・・少し熱っぽいな。今朝マリンから電話があったんだ。ティファが具合悪いって」
「あ・・・大丈夫だって言ったのに・・・。ほんと、平気なのよ?ちょっと疲れただけ」
少々顔色はすぐれないものの、普段どおりの話し方にクラウドは少し安堵の表情を見せた。
「・・・マリンも心配なんだろ」
・・・も?
ティファはクラウドの精悍な顔を見上げた。
も・・・って、・・・クラウドも・・・って こ、と?
「・・・それで、帰ってきてくれたの・・・?」
仕事先からここまで、ゆうに一日はかかるはずだ。
今朝のマリンの電話という話から計算しても、かなりの勢いで帰ってきたことが伺えた。
クラウドはティファの視線に意味合いを感じ取り、少し照れたようにその透き通るような碧色の瞳を伏せ、顔をそらした。
「その・・・ティファが具合悪いなんて、初めてだし」
ティファはスツールから飛び降りざまクラウドに抱きついた。
「・・・ティファ」
「嬉しい・・・クラウド」
クラウドの逞しい腕がティファの背中を覆った。
「私のために・・・?」
大きな街道は復旧してはいたが、それ以外の道は未だ困難な所も多かっただろう。
それをものともせず、自分のために、懸命に、帰って来てくれたのだ。
涙が出そうだった。
「嬉しい・・・」
黙ってティファを抱きしめていたクラウドが耳元で小さく溜息を漏らす。
「・・・・・・た」
ぼそっと何事か呟いたがティファには聞こえなかった。
「え?」
顔を起こし、間近の端正なクラウドの顔を見上げた。
クラウドは見上げる自分から視線をそらしつつ、うん、と頷いた。
「やめた」
きっぱりと言い切る。
「・・・何を?」
やっとそのシャープに整った顎がこちらを向いた。澄んだ魔晄色の瞳がじぶんのそれと合わさる。
「・・・ティファの様子を見たらすぐ引き返すつもりだったんだ…でも」
ティファの頬を神経質そうな指がすべる。
「戻るのが嫌になった」
バレットが聞いたら湯を沸かす如く怒り出すようなことをしれっと言った。
その物言いに少々不安をもたげたティファは思い切って聞いてみる。
「・・・バレット・・・よく許してくれたね」
目を伏せて、ちゅ、とわざと音を立てるようにティファの上唇に軽く触れた唇がニヤリ、と笑った。
「・・・黙ってきた」
「な・・・!」
もの言いたげに体を反らし始めたティファをクラウドはもう一度抱えなおすと今度はしっかりとその赤い唇を塞いだ。
「ん・・・」
久しぶりの感触に体の力が抜ける。
「・・・明日の朝早く出る。・・・だから」
ぼんやりと瞳を潤ませたティファの額にすっきりとした顎を押し付け、再度体温を確認するとひょい、と抱き上げる。
「優しく・・・するつもりなんだけど、いいか?」
「・・・・・・・・・」
・・嫌な訳が無い
返事の代わりにティファは真っ赤になった頬をその厚い胸板に押し付けた。
すでにクラウドの足は階段を上がり始めている。
「・・・少し痩せたな、ティファ」
ぼうっとした頭でクラウドの鼓動と共に胸から聞こえてくる声をゆっくりと思案する。
「最近・・・眠れなくて・・・そのせいかな」
「・・・・・・」
クラウドはその答えに少し考えていたようだったが、ゆるゆると口を開いた。
「俺が居なくて・・・寂しかったからか?」
ドキリと心臓が跳ね上がった。
そうなのかも。子供たちにはああ言ったけど、やはり応えてるのかもしれない。
あんな夢を見るのも・・・。
・・・見透かされている。
どんどん染まる場所が広がっていくのが自分でもよくわかる。きっと肩まで赤いに違いない。
「・・・クラウドの自惚れ屋さん」
唇をちょっと尖らせてぼそぼそと囁いた。クラウドの喉がくくっと笑う。
その喉仏の動きに見惚れている自分に気付く。熱い溜息が勝手に漏れた。
「俺は、・・・寂しかった」
子供部屋の前にさしかかり、クラウドの声が抑えられる。
「狂うかと思った」
「・・・クラウド・・・」
寝室のドアを器用に開けると、中に滑り込む。
扉が静かに閉まるのと同時に、ティファはクラウドの首筋に唇を這わせた。
一瞬、彼が小さく身震いする。
「・・・やったな」
クラウドはくすくすと笑っているティファをそっと寝台におろし、組み敷いた。
「今夜はぐっすり眠らせてやろうと思ったけど」
じれったいぐらいにゆっくりと、ティファの服のジッパーをおろす。
「寝かさないことにした」