<SS In quiet sound of rain>
In quiet sound of rain
雨の音が 聞こえる
激しい音ではない
静かな、雨音
(クラウド 逃げろ!)
…誰だ
(…こいつはもうダメだろう。…放っておけ)
誰だ…
自分の頬が浸された濁った泥水にじわじわと滲み広がっていく…鮮明な赤と、どす黒い 赤
血だ
自分のものではない
誰の、血だ
雨音がうるさい もうやめてくれ
これは夢だ
夢を、見ているんだ
目を覚ませ
覚ます場所は、そう
セブンスヘブンの…
…彼女の
クラウドは目を開けた。
気だるい思考を闇の中で整える。
雨が降るといつもこうだ。
小さく嘆息すると、上体を起こそうとして、息を呑んだ。
なんだ…?
硬い地面の感触。ひやりとした冷たい空気。むせ返るような…花の匂い。
ここは…
暗がりに目を凝らし、やっと慣れてきた視界に飛び込んできたものは
花 花 花
声が出なかった。
胸の中心をいきなり氷で刺し貫かれたような、痛み。
乾いた喉はひりついて今にも気道をぴったりと塞いでしまいそうだった。
(クラウド…どこにいるんだよ)
デンゼル…?
しんと静まり返った空間に微かに聞こえる幼子の嗚咽。
見渡した教会の花々の中央にしゃがみこむ小さな背中。
マリン!
声が、出ない
ゆっくりと振り向いたマリンはその頬をぐしゃぐしゃに濡らしている。
(…ひどいよ、クラウド)
どうした、マリン。何があった…?…デンゼルは、
(忘れちゃったの?…デンゼルは…)
…嫌だ。言わないでくれ。そう、俺はこの先を知っている。
(死んじゃったよ)
足元を見るマリンの視線の先にある、小さな石碑。
(もうすぐ、私も死ぬの。…ほら)
みるみるマリンの顔が黒い膿で満たされてゆく
(もう…こんなになっちゃった…)
やめてくれ。これは夢だ。あの頃独りで毎晩のように見ていた、あの夢だ。
(痛いよ、クラウド)
夢だと判っているのに、心臓を握りつぶされるような痛みが奔る。
―― クラウドの所為だよ ――
崩れ落ちる小さな体を抱きとめに行くにも、己の体が鉛のように重い。
倒れ伏したマリンの姿をただ呆然と見つめるだけ。
どうして動けないんだ。
どうして声が出ないんだ。
駆け寄りたいのに
叫びたいのに
それならいっそこの目も潰してくれ
見たくない
目を背けたい
何も、考えたくないんだ
頼むから、もう目を覚まさせてくれ
頼むから―――
ふと体の錘が外れたような感覚に、思わず走り出していた。
走れ
走れ
何処へ…?
そう、ティファの所へ
ティファ
とにかく、君に会いたい
会いたいんだ、ティファ
視界の先に映る後姿
長い、柔らかな黒髪。すらりとしたしなやかな体躯は、彼女のもの。
ティファ…
普段どおり、店に立ち接客をするティファに大きな安堵が胸を覆う。
腕を伸ばしかけて、躊躇した。
彼女がにこやかに話しかける男。
それは、誰だ
微かに頬を染めた幸せそうな微笑は、自分ではない誰かに向けられている。
ティファ…?
その男から伸ばされた腕に体を預け、安心しきったように目を閉じる、ティファ。
嘘だ
その場所は、その笑顔は、
俺だけのものではなかったか
思わず踏み込んだ右足が、突然左腕に奔った鋭い痛みに止まる。
…懐かしい、痛みだ
そろりと覗いた左の上腕には
黒い膿がべっとりと広がっていた
胸を劈く、痛切な痛みと濁りくすんだ想い
「…は、…」
笑い声にもならなかった。
そうだ
全てが掻き消えた闇の中でクラウドは真っ暗な天を仰ぐ。
自分が望んだことではないか
彼女の幸せを
己が与えられない幸せを
何もかも捨てて逃げ出した自分では与えられない彼女の幸せを
望んだのは、自身ではないか
夢を見ていたのは、自分なのだ
何もかも取り戻し、彼女の元へ…彼女をこの腕にもう一度抱きとめた、という
儚い、夢を
何も見えない漆黒の闇から雨粒が降り注ぐ
振り仰いだままの頬を生暖かく濡らすのは雨の滴なのか
己の目から流れる黒い体液なのか
それすらももうわからない
わからない
ここはどこだ
俺は、生きているのか
君は、どこに居るんだ
デンゼル
嫌だ
マリン
嫌だ
ティファ
嫌だ 嫌だ 嫌だ
「っ――――――!」
声に、ならない
咆哮