<SS Again and again 1>



「さあ、帰りましょう」

「…いいのか?」

僅かな戸惑いを二人の子供がにっこりと笑って吹き飛ばした。

「「おかえり、クラウド!」」


帰ろう、家族の家に。


私たちは、家族、なのだから


…ただいま

おかえりなさい




今日、家族がやっと、全員そろった





Again and again






差し伸べた手を、彼は掴んでくれたから。


今度こそ、この手を離さないようにしよう。

もしそれが、自分を、自分の気持ちを封じることになっても。






「なあ、クラウド、今日は俺のベッドで寝ような!」

「あ!ずるい!!私も一緒に寝たいー!!」

夕食を済ませ、風呂から上がってくるとお決まりの「クラウドの取り合い」を始める子供たちをなんとも困ったような、

しかし穏やかな表情で見つめる彼に、以前と同じように助け舟を出そうとした時、

「俺はティファと寝たい」

屈託無く言い放ったその言葉に心臓を鷲づかみにされる。


ずきん。


微かな微笑を湛え、こちらを振り仰ぐクラウドが一瞬だけ不思議そうな顔をした。


ずっと笑顔でいられた。以前のように子供たちと話し、笑い、とりとめのない会話を交わし、時間が過ぎていった。

しかし、夜が近づくに連れてティファの心に小さな恐怖が訪れていた。

「なんだよそれ!クラウドは大人だろ!?」

デンゼルがクラウドの服のすそを掴んで纏わりつくのも構わずにじっとこっちを見つめている。


いけない。


ティファは両手を腰に当てると仰々しく大きなため息をついて見せた。

「…まったく。うちの子供たちはみんな甘えんぼさんばっかりなんだから」

人差指でクラウドのおでこをつん、とつつくと出来る限りの元気な声で

「よし!じゃあ、今日だけ特別にあなたたちのベッドをくっつけて3人で寝られるようにしてあげる。…それでいい?」

子供たちの顔を覗き込むようにしてウィンクしてみせると

「やったーー!!」

「ありがとう、ティファ!!」

喜ぶ声に紛れてふぅ、と息をつき、つつかれた額に手を当てたままなんとなく釈然としないという顔つきのクラウドを目の端に映しながら

さらに元気よく続けた。

「じゃあ、とりかかりますか!」

「「はーーーい!」」

きゃあきゃあと階段を上がっていく子供たちの後に続こうとして、くん、と腕を引かれる。

「ティファ」

ゆっくりと振り向くと、不思議な煌きの魔晄色の瞳に捕らえられる。

つとめて、普段どおりの声色をつくった。

「なあに?」

「具合でも悪いのか?」

「え…」

「顔色が悪い」

つ、と伸びてくる指が頬を掠りそうになり、思わず顔を背けてしまった。

はっとしてすぐに向き直ったがもう遅い。

行き場の無くなった掌をしばし宙にさまよわせたクラウドの瞳に陰りが映る。

失敗だ。もう一度笑顔を作ろうと思ったが、また間違えそうなので俯くしかなかった。

「…そんなことないよ」

しばしの沈黙が訪れた。


痛い


痛い


微かに触れた彼の指先のほんの僅かな体温がじわりと頬に熱を帯びさせ、ずきずきと痛んだ。


「…すまない」

ティファはまたはっとして顔を上げた。

「やっぱり俺…ここには」

「違う!」

気持ちより先に体が動いていた。その胸に飛び込む。

「違う…違うよクラウド」

久しぶりに感じるクラウドの硬い胸板。彼のにおい。

ずっと待ってた。こうやって彼を抱きしめたかった。背中に腕をまわして閉じ込めて、もう、…どこにも行かないように。

そっと背中を抱いてくれる腕にびくっと身体を震わせる。じわりと沸いてくる涙を気付かれないように彼の服に滲ませた。

「だって…私たちは家族でしょ…?」

「…ティ」

「ティファー!早くー!!」

2階から降ってきた子供たちの呼ぶ声にティファは自分の腕を解き、するりとクラウドの腕の中から抜け出した。

俯いたまま後ずさる。

「…帰ってきてくれて、本当に嬉しい」

階段のとばくちで足を止め、振り返らずに言った。


「だから…もう二度と、…居なくならないで…」








静寂の中、両脇に眠る子供たちの安らかな寝息だけが聞こえる。

クラウドはそれを遮らないようにそっと体を起こした。

眠れない。

先刻の彼女の顔が脳裏に焼き付いて離れない。

冗談めかした言葉に照れくさそうに拳のひとつでも飛んでくるのかと思っていたのに。

…一瞬だけ辛そうな、悲しい顔をした。


当たり前だ。全てを放り出して彼女の前から逃げ出したのは俺だ。

彼女を、傷つけた。

いろんな事情が解決したからといって、そう簡単にまた以前のようにとはいかないだろう。

ここに戻ってこられただけでも嘘みたいな話だ。


『だって…私たちは家族でしょ?』


彼女の言葉をもう一度胸の中で反芻する。


久しぶりに抱きしめたティファは、以前より線が細くなったような気がする。

腕の中で微かに震えている肩に胸が疼いた。


気配を殺した足音が隣である彼女の部屋に吸い込まれていくのを確認するとクラウドはベッドから抜け出した。


小さくノックした扉は少ししてからゆっくりと開かれた。

「…クラウド…まだ寝てなかったの?」

部屋の明かりが点いていなかったので彼女の表情がはっきりとは読めなかった。

「…少し、いいか?」

出て行く前なら当然のように足を踏み入れていたティファの部屋。それに躊躇したのは先刻の彼女の反応のためだった。

ティファは少し唇を噛んで考えてから、扉を大きく開け、クラウドを招き入れた。

月明かりが差し込むその部屋は、懐かしい彼女のにおいがした。

後ろ手にそっと扉を閉める。

つい以前までの癖でかちりと鍵をかけると背を向けたままのティファの身体が僅かに身じろいだ。

「ティファ」

微かな明かりの中でもその細い肩が震えているのがわかる。


抱きしめたい。


強い衝動が胸に沸き起こった。


「ダメ」


踏み出そうとした足が突然彼女から発せられた言葉で止まる。


「私は、大丈夫だから」


「…?」


「だから、ムリして…抱かないで」


「ティファ…?」


「…でも、『身代わり』でもいいって思う私もいる」


クラウドは大股でつかつかとその背中に近寄るとぐい、とティファの体を振り向かせた。



「そんな風に思ってたのか…?」

ティファの頬は涙で濡れていた。それに構わずに掴んだ両肩に力を込める。


彼女を何度も何度も抱いた。確かに、酷い抱き方をしたこともあった。

言葉も無く、全てを受け入れてくれる彼女に甘えて、当たり前のようにただ熱に任せてその肌を貪っていた。


「そんな風に、思われてたのか…?」


でもそれは『あの時』想いが伝わったと確信していたからであって、決してただの情欲から、というものではなかった。少なくとも、自分は。


濡れた紅い瞳が闇に怯える子供のように揺らめいた。

「だってあなたは教会に居た」

「…それは」

「『死』に直面したあなたは私から離れて…エアリスのところに、居た」

「ティファ」

「…それって深層心理、だよ?」

「だから、それは」

「いいの、いいのクラウド。ホントは知ってたの。…知ってて気付かないふりをしてた私が一番酷いの。

あなたがたくさん悩んでいたことも…怖くて、みんな見て見ぬふりして…」


「逃げていたのは…わたしの方なの」


言葉にしたら、全てが壊れていくようで…何も聞けなかった。

知らないふりをして、毎日を過ごして。求められれば、応えて…。

体を重ねる時だけは、何も考えられなくて。何も、考えたくなくて。

ただ、彼の熱で隙間を埋めようとした。疲れて、眠りにつけば夢も見なかった。

『男なんて愛がなくても女を抱けるもんよ』

7番街のセブンスヘブンの常連だった少し年上の女性が言っていた言葉を思い出した。

…それでもいいと思った。体だけの関係でも構わないと思った。

交わす言葉は少なくても、クラウドは帰ってきてくれる。この、家族のもとに。

そんな卑怯な自分に、罰が下されたのだ。

何もかもが音を立てて崩れ落ちた。

土台のない砂の城はたった一度の波にさらわれ、足元からぼろぼろと崩れていったのだ。


「でも今回のことで、判っちゃった。…やっぱり、私じゃ…駄目、なんだって」






涙の溜まった瞳でゆるく笑むから滴が頬を伝う。

「…それなのに、それでもまだあなたを『家族』という言葉で縛りつけようとしてる」

「ティファ、俺は…」

「家族なら、一緒に居られる。そばに居たいの、家族でいいのそばに居てほしいのもうどうにもならないのお願いどこにも行かないで」

「俺は!」

思わずついて出た強い口調にティファがびくっと肩を竦めた。

「…ごめ、んなさ、い」

堰を切ったように喋り続けていた彼女はこぼれる涙を隠そうともせずただただ泣いていた。


胸が痛む。謝らなければならないのは自分の方なのに。

彼女をこんなにも不安にさせていたなんて。今更ながらに自分の不甲斐なさに嫌悪を覚える。

どうして伝わらない。どうすれば伝わるのだろう。


掴んでいた肩を強く引き寄せてかき抱いた。

ぼんやりとされるがままのティファの唇を自分のそれで塞ぐ。

深く、想いを込めて。

深く。


「…『家族』は…こんなキス、しないよ…」

呼吸すら吸い込んだ口付けの後、ティファが途惑う様な瞳で痛そうな涙を流した。

「お願い、…こんなこと、もう…」

今、伝えなければ。はっきりと、その壊れかけた心に届くように。


「…俺は、ティファが好きだ」

「……」

「子供の時から、ずっと」

「…嘘」

「嘘じゃない」

「嘘…よ」

「好きだよ、ティファ」

「かぞく、は…」

俯こうとしたティファを腕に力を込めて抱き締めなおした。その耳にもう一度。

「好きだ」

だらりと垂れていた彼女の両腕が背中に纏わりついた。

「…初めて、聞いた…」

「…そうだったか?」

「…もっと、言って」

「ティファ」

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