<拍手小話 ストライフ=デリバリーサービスな日々>
その1<勤務中>
「じゃあ、荷物はこれ。…ちょっと大きすぎたかな。大丈夫かい?」
集荷に来た端正な顔立ちの男から伝票の控えを受け取った客は彼の後ろで存在感のある怪物のような単車に目を向けた。
「…やっぱり少し減らそうか、途中でモンスターに遭うこともあるんだろう?」
馬力もかなりのものなのだろう。しかしバランスというものもある。
客は遠くの町へ嫁入りした娘への贈り物をついあれもこれもと必要以上に詰め込んでしまったことを少し後悔した。
「?…問題な…、いえ 大丈夫です」
そんな客の胸中を知ってか知らずか、見た目は細身の男−クラウドはそのでかい箱を軽々と小脇に抱える。
上腕に隆として纏わる筋肉は伊達では無いらしい。
「午後には届け終えます」
軽く会釈し、きびすを返すクラウドに客の男はそうだ、と掌を叩いた。
ごそごそと脇にある棚を探ると彼を追って外へ出る。
「ほら、これ!荷造り用の紐…少しは足し、に…」
クラウドは自分の座席であるカバーを跳ね上げるとその中に抱えていた大きな箱をぽいと放り込んだ。
それはまるで当たり前のように吸い込まれていった。
「・・・・・・・・・」
荷造り紐を握った片手を差し出したままの男は、がこん、と座席を収め、ゴーグルを手にしたクラウドが振り返るのを呆けた顔で見つめる。
「…それも追加ですか?」
「…え?い、いや、これは…」
「先を急ぐので」
轟音と共に砂埃を上げて黒い塊が走り去った後、ぽりぽりと頭を掻きながら男はぼそりと呟いた。
「…まあ…いいか、」
ありえない。
その2<出勤前>
クラウド=ストライフ。彼の洞察力は並外れて高い。
配達中の愛車の爆音の中でもモンスターの襲撃に備え、周囲に注意を払うことを一瞬たりとも怠らない。
高速で視界を過ぎていく、道に残る獣系の足跡や、踏みつけられた草花の萎れ具合等も決して見逃さない。
頬を切る風に含まれる水分量で、雨の降りはじめる時間さえ予想できる。(それはあまり関係ない特技である)
それは外だけにとどまらず、たった今家の中の、朝のトイレの中ででも当然のように発揮される。
見上げた棚の綺麗に整頓された小物置き場に目を遣ったクラウドはいつもと違う状況に一瞬で反応する。
すかさず携帯を取り出した彼はカレンダーを表示させ、なにやらうんうんとしきりに頷いた。
「ティファ」
トイレから出たクラウドはキッチンで忙しそうに朝の仕度を整える最愛の女性へ、挨拶もそこそこに声を掛ける。
「あ、おはよう、クラウド。今朝は早いのね」
「ああ、…昨日入った依頼だが、あれを今日の夕方に差し替えておいてくれ」
「ん?予定の変更?」
ティファは野菜を千切る手を止めて、カウンターの上のメモ用紙を取り上げる。
「この一週間は遅番にするから、スケジュールの調整、頼むよ」
「……う、うん。わかった」
なんとなく頬を染めた彼女を横目で見やるともう一言。
「…一週間後は休みにする」
「…う、うん…」
メモ用紙を所在無げにぺらぺらとめくる首筋まで赤くなったティファの頬に軽くキスをすると身を翻した。
「行ってくる」
「…あ、ご飯は?」
唇の感触の残る熱い頬を押さえながらティファがぼんやりとした口調で問う。
「急ぐから」
僅かに上がった口端に、心拍数が跳ね上がるのを彼女は止めることが出来ずに、そのまま彼を見送った。
いっときその場でぼんやりしていたが、思いついたようにトイレへと向かう。
小物置き場にしている棚の上から小さなチェック柄の可愛い巾着を取り上げると、胸の前でぎゅっと握り締めた。
「…もう…」
子供たちを起こしに行く前に、そのほっぺたをどうにかした方がいい。
我慢の一週間。
クラウドがね。
その3<出勤前>
「クラウド、起きて!」
温まゆい眠りの淵に揺られていたクラウドは突然耳に飛び込んできた愛しい女性のけたたましい声に
ぱちりと目を開けた。
一瞬、もう慣例となっている朝の戯れ事に勝手に自分の腕が興じようとするのを僅かな理性が押しとどめた。
(寝過ごした)
クラウドは半身を起こすと時計に目を遣る。彼女にキスをするくらいの時間ならかなりある。
方向が違う。早く目を覚ませクラウド。
「ごめんね、デンゼルが出掛けに忘れ物しちゃって…バタバタしてるうちにこんな、」
昨日洗っておいたクラウドの仕事着をクローゼットから引っ張り出したティファは彼の顔をひた、と見詰めた。
寝起きの思考はその視線で簡単に脱線するのだ。
もちろんクラウドは少し訝しげに己を見詰めているティファの心理などにはお構い無しに
その用意してもらった服ごと細い腕を引き寄せ、腰を抱いた。
「…わ、だ、ダメ!クラウド、時間が…」
んん、という可愛らしい塞音とともにしばらくお待ちください。
「もう…朝ご飯抜くのは体に悪いって言ってるのに」
てきぱきと手早い技で作ったサンドイッチを昼食用の弁当と併せて包むと装備を整え終えたクラウドに手渡す。
「飛ばせば間に合う。大丈夫だ」
一つも悪気の無さそうに悪かった、と呟くその端正な顔立ちの青年をティファは思い出したように見詰めた。
クラウドはその視線にまた脳内がピンクに染まる。
そろそろ目を覚ませクラウド。
今度はティファがその綺麗な弧を描く頬のラインをクラウドに近づけた。
彼女から、という場面にはそう滅多にお目にかかれることではない。
フェンリルに頑張ってもらおう。(おい)
クラウドがそう思った瞬間、間近にあったティファの唇から言葉が洩れた。
「…やっぱり。ちょっと待ってて、ローションならあったはずだわ」
クラウドの答えも聞かずにふわりと甘い香りを残してカウンターの奥へと足早に駆け込む。
「ローション…?」
クラウドは耳年増だ。
日々、しなくても良いいろいろな研究やらいろいろな勉強を怠らない。
昨日立ち寄った本屋で手にした青年誌の内容が一瞬で甦った。
今日は休みにしてもいい。(こら)
そう考えるクラウドの表情は微動だにしないが脳内はもはやてかてかでぬるぬるである。(こらこら柊)
「ほら、あった。携帯用の日焼け止め。塗ってあげるからこっち向いて」
クラウドは(やっと)目を覚ました。
「…嫌そうな顔しないの。それでなくてもゴーグルつけるから跡が残りやすいんだから…」
これくらいの内で気が付いて良かったわ、と
ぺちぺちと頬に日焼け止めローションを叩き込むティファを落胆した瞳で見ながら、
冷えた思考でそれだけは言わないで欲しいと思う一言をもれなくいただく。
「綺麗な顔が台無しよ?」
途中でちゃんと塗りなおしてね、と半ば強引に手渡された小さなSPF30をポケットに押し込むと
今日のルートに昨日の本屋を加えつつフェンリルのエンジン音をうならせた。
入手場所を確認しなければ。
ホンモノはきっとこの心を(いや心だけでなく)癒してくれるだろう。
彼の研究と勉強は続く。
仕事に精を出せ、クラウド。
でも逆パンダクラウドもミモノ
その4<勤務中>
(SS「Attack」と「Ephemerel」を読んでからお楽しみ下さい)
携帯電話が鳴っている。
その持ち主であるティファはその着信音で相手が誰なのか察しがついているようだ。
小さな携帯を握り締め、なにやら頬を染めている。
なかなか出ようとしない彼女は、一瞬不安げな表情を作ると、意を決したように通話ボタンを押した。
『…ティファ?今忙しいのか?』
「う、ううん。クラウド、何かあったの?」
『いや…今ジュノンの酒屋に居るんだが…』
ティファはやっぱり、と小さく呟くと肩を落とした。
「あ、そうそう、1件追加の依頼があったわ。ついさっき。今メモ取れる?」
『…ああ。何処だ?』
「えと、カームだけど…。あ。明日で良かったんだっけ…」
もごもごと言いよどむティファは話を摩り替える事に失敗した。
『………』
「………」
沈黙が更にティファの頬を染め上げた。
『…買っても』
「イヤ」
更に沈黙が続く。
『…たまには』
「イヤ」
続く。
『…わかった』
「…ごめんね…?」
『いや、…問題ない』
通話を切ったティファはぼんやりといつまでも携帯を握り締めていたが、
遠くジュノンからの盛大なため息はその耳に届かなかったという。
まだ頑張りが足りないらしい
その5<勤務中>
「ああ、ティファ。今日は早く帰れそうだ……野菜…?」
『うん、ごめんね。いつもの八百屋さん、昨日の雨の所為で仕入れが上手くいかなかったらしくて』
メテオ災害後、著しい復興を遂げたエッジはここ数年物流も良くなり、かつてはクラウドが担当していた店での仕事(食材の収集)は
大体のものが街で手に入れられるようになったお陰でお役御免と相成り、本業に勤しむ事が出来るようになっていた。
しかし、未だ整備の行き届かない大陸の道路は困難を極める場所も多く、特にまとまった雨などでぬかるむ道は時にその物流を絶つ場合もある。
『お願いしても…いいかな』
電話の先で申し訳無さそうに小首を傾げる仕草を容易に想像できたクラウドは口元を緩めつつ構わない、と言った。
通信を切ったクラウドは今居る場所から一番近いかつての取引先のひとつを割り出し、早速愛車の爆音を轟かせる。
「おや!クラウドさんじゃないか!久しぶりだね、景気はどうだい?」
久しく会っていない農家のオヤジに愛想笑いを浮かべる。
「ああいいね、その愛想笑いも久々だ。今日は野菜持ってくのかい?」
頭を掻いたクラウドはこくりと頷いた。
何がいい、と聞かれ先ほどの電話の内容を思い浮かべるとクラウドは腕を組んで何やら遠い目をした。
「………レ…」
「レタスね、あとは?」
オヤジに目を戻し、ゆっくりと自分の尖った顎を抓む。
「……キ…?」
「はいはいキャベツ。それから?」
「………」
ついには目が泳いだ。
「ああ、ブロッコリーね。今日はいいのがあるんだ。どうだい、パプリカも持ってくかい?」
「……?」
首を傾げつつも頷く。
「さあ、これはおまけだ。持っていきな!」
ティファのつけている帳簿からすると随分安値な言い渡しに卸値だよ、と笑うオヤジにクラウドも笑みが零れた。
あっという間にエンジン音が遠くなる中、オヤジはクラウドが最後に見せた微笑を思い出しながら呟く。
「変わったねぇ、アイツも。……いや、変わってないか」
腕を組むと、何で覚えられないかね、と首を捻って唸ったという。
紙に書いて覚えないからだと思う