<SS SELF-HATE 1>

少し懐かしささえ感じた。

胸の奥で燻ぶるような重い痛み。

あの頃は、他に考えなければならない事があったり

…小さなあきらめも伴っていたから自分を保てていたのかもしれない。

でも、今は。





SELF-HATE






「明日は仕事を休むことにする」

微かに疲労感を漂わせたクラウドが帰宅するなり言った言葉にティファとデンゼルは驚いた。

「ええ?!じゃあさ、どっか遊びに行くの?」

期待に胸を膨らませるデンゼルはマリンが養父であるバレットと共に旅行に出かけてしまった所為もあるのかキラキラと瞳を輝かせた。

「ちょ、ちょっと待ってデンゼル。どうしたのクラウド、何かあった?」

スケジュール面を任されているティファは彼の仕事の依頼が一段落ついている訳ではない事を知っている。

「ああ、ちょっとバイクがな。悪いが遊んでもいられそうにないんだ」

ここの所の暑さの所為でついにオーバーヒートを起こしたフェンリルのエンジンを取り替えるのだという。

彼の仕事には欠かせない相棒だ。やむなく同業者に仕事を振り分けてきたらしい。



「ついでにあちこち整備してやろうと思って。エンジニアも手配したんだ…拗ねるなよデンゼル」

風呂と軽食を済ませ、ティファの淹れたコーヒーに口をつけながらクラウドが隣に座るデンゼルの頭にぽん、と片手を置いた。

ぷうと頬を膨らませた息子は口先を尖らせてやっぱりバレットとマリンに付いて行けば良かった、と呟く。

「あら、だから一緒にって何度も誘われたじゃない」

行かない、と断ったのはデンゼルの方だ。ティファは少し俯いたデンゼルの顔を覗き込む。

「だってせっかくの親子水入らず、だろ?」

クラウドとティファは顔を見合わせ、小さく息を吐くと微笑み合った。

「よし、じゃあバイクが直ったらもう一日休みを取って3人で出掛けよう」

何か予定はあったか?とティファに目配せするクラウドにううん、と首を横に振った。

「ホント?!」

クラウドの提案にぱっと笑顔を咲かせたデンゼルがティファの顔を見遣った。ティファも頷く。

「ああ、その代わりマリンの分まで店の手伝い頑張るんだぞ?」

「わかった!」

あ、とティファはひとつ手を打つと思いついた提案を述べた。

「そうだデンゼル、今日は特別に私たちのベッドで3人で寝ようか」

その発言にえ?、と顔を上げたデンゼルとクラウドの表情が全く一緒であることにティファは噴き出しそうになる。

「べ、別に俺…一人でも…」

さみしくなんか、と微かに頬を染めたデンゼルが子供らしい瞳で見上げてきた。

「いいじゃないたまには。4人はちょっと難しいから、マリンには内緒よ?」

「…うん!」

内緒、という言葉が効いたのかデンゼルは唇に人差指をあてるティファにはにかんだ笑顔を見せると着替えてくる!と階段を駆け上がっていった。

ふふ、とその後姿を見送ってから振り返ったティファは未だに呆けた顔をしているクラウドに気付いた。

「あ、あの…ダメだった?」

腕を揺すられたクラウドがやっと我に帰る。

「え?…あ、いや」

冷めかけたコーヒーの入ったカップを長い指で所在無げにくるくると回すクラウドをティファはちょっとだけ見詰めてから少しからかう口調で聞いてみた。

「何か…予定でもありましたか?」

「まあな」

即答につい頬が紅潮する。

「…クラウドのえっち」

「まあな」

相変わらず表情を崩さないその態度にやはり相変わらずの悔しさを覚える。

「マリンが帰ってくるまで3人なんだから」

つい憎まれ口をきいてしまうのは生来の負けず嫌いな性格からか。

「……俺は別に構わない。壁一枚取っ払っただけの事だからな」

「え…ちょっ…」

口端を上げたクラウドに腕を引かれたティファはその腰を抱かれて慌てた。

「じょ、冗談…よね?」

笑えないわ、とスツールに腰掛けたままのクラウドを熱くなる頬の対処も出来ないまま見下ろす。

魔晄色に揺らめく瞳は甘さを伴ってティファを射抜いた。

「どうかな」

腰に回されていた片手がついと首の後ろに回り、引き寄せられる。

デンゼルが上がっていった階上を気にしながらも、ティファは目を閉じた。

と、その時。


どんどんどん、とけたたましく店の扉が叩かれた。

驚いてクラウドの腕から飛びのいたティファはちっ、という舌打ちを聞いたが自分の胸の拍音でそれ所ではない。


「誰だこんな時間に」

寸での所で「お預け」を喰らったクラウドが不機嫌そうに店の扉を開錠した。

そこに立っていたのはデニム地のつなぎ作業服を纏った細身の…女性。


「…イズミ、何やってるんだこんな所で」

「…何やってるとは何だ。お前が急いでるというからこうやってわざわざ仕事帰りに寄ってやったんだろう」

サラサラとした赤毛のストレートを高く結い上げた女性はその可愛らしい顔つきからは想像もつかない口調で淡々とクラウドに詰め寄った。

「ああ、悪かった。明日で良かったんだが…来てくれたのなら話が早い。さっき言ってたエンジンは?」

もちろん、と外に停めてある小型のトラックを親指で指差し、ちらとやはり驚いて2階から駆け下りてきたデンゼルと共に呆然としているティファに目を向けた。

「…家族か?」

「ああ、そうだった」

気が付いたようにクラウドが外に出かけていた足を踏み留める。

「ティファ、さっき話したエンジニアのイズミだ。ほら、バレットの義手。あれもコイツが…」

「コイツとは何だ」

小柄なエンジニアはクラウドをぎろりと見上げたがその大きな瞳は可愛らしすぎて迫力に欠ける。

クラウドもくく、と笑うと悪い、と続けた。

「…とにかく、バレットの紹介なんだ。何度かフェンリルも世話になってる。こんなナリだが腕は確かだ」


クラウドの話は何となくしか耳に入ってこなかった。エンジニア、というからてっきり男の人かと思っていたからだ。

それにクラウドが他人、しかも女性とこんなに親しく話す場面はちょっと意外でもある。

ティファは少し居心地の悪さを感じた。

自己紹介を進めるクラウドの脇で、イズミと呼ばれているエンジニアはなんだか妙に突き刺さるような視線を自分に投げつけている。

戸惑い気味に笑いかけると見事にぷい、と顔を逸らされてしまった。

えー…と。

ティファは首を傾げた。


「…ティファ?」

ぼんやりとしていたティファは急に呼ばれた気がしてはっと我に返った。

「…え?な、何?」

「いや、俺たちはこのまま作業に入るから先に休んでてくれ」

まるで新しい玩具を与えられた子供のような生き生きとした表情を見せるクラウドにティファは一つ息を吐くと微笑んだ。

彼はバイクの事になると普段の冷静さからは想像も付かないほどの好奇心を見せる。

嬉しそうな顔に、言ったらきっと不貞腐れるだろうけど、やっぱり可愛いと思ってしまう。

「わかったわ。あ、でもお茶くらい…」

「お構いなく」

言いかけた言葉を遮るように放たれたイズミの言葉がなんだか刺々しい。

また少し首を捻ったティファはクラウドの顔を見上げたが、彼はフェンリルの改造に想いを馳せているのかその視線の意味合いに気付く様子は無かった。

「大丈夫だ。気にしないで寝てていい」

「おい、クラウド」

うん、と頷こうとしたティファはイズミの彼を呼ぶ声にちくりと胸が痛むのを禁じ得なかった。

「急ぐんだろ、行くぞ」

「ああ、今行く」

じゃあ、と踵を返したクラウドは裏に停めてあるであろうバイクの元へと足取りも軽やかに出て行ってしまった。


別段、誰が彼の名前を呼び捨てようと構う事ではない。今までだって「クラウド」と彼を呼ぶ若い女性ならいくらでも…。

…いや、近しい仲間以外居なかったように思う。


そうだ、それだ。

ティファは先程イズミが来てから覚えていた胸に引っ掛かるような違和感が何であるのかに気が付いた。

クラウドには人を寄せ付けようとしない威圧感があると以前ユフィが言っていた。それが自覚しているものなのかどうかは判らないが、

確かに彼の周囲に居る人間は同性であれ異性であれ、「一目置いている」という感が拭えない。

しかし、ひとたびその「殻」の内側にある手中に飛び込んでしまえば、限りない優しさで包んでもらえるのだ。

その事を知っている人間は数少ないのかもしれないが。

今ティファが初めて出会った、彼と対等に言葉を交わすイズミという女性。

彼女はその殻を破ったということだろうか。

クラウドの周りに、そういう人間が増える事は喜ばしい事でもある。

以前にもこんな感情を抱いた事があった。

あの時もやはりちょっと淋しい思いがしたけれど。

でも…と胸の前で掌をきゅ、と握り締める。


「ティファ」

ぎゅっともう一方の手の指先を握られてティファは今まで自分の背に隠れるようにしていたデンゼルに気付いた。

「あ、ごめんねデンゼル…仕方ないから、二人で寝ようか」

うん、と頷くデンゼルとそのまま手を繋ぐと、店の灯りを最小限にとどめて階段を上がる。

デンゼルは俯いたままだ。約束が反故になってしまったので気落ちしているのだろうか。




「…俺、アイツ嫌い」

広めの寝台で自分の隣に潜り込んだデンゼルが呟いた。

「デンゼル?」

シーツを手繰り寄せ、顔を覆うようにしていたデンゼルががば、とその顔を上げる。

「だってアイツ、ティファの事ヘンな目で見てた!」

子供の観察力とは侮れるものではない。

少し驚いたティファはふ、と微笑むと出来るだけ優しく、言い聞かせるよう言った。

「陰口は良くないよ、デンゼル。イズミさんとは今日初めて会ったばかりじゃない。その人を知りもしないでそういう事言っちゃダメ」

言い聞かせているのは自分になのかもしれない、とティファは言いながら思う。

ごめんなさい、と素直に謝るデンゼルのふわふわとした髪をそっと撫で付けた。

「もうおやすみ、デンゼル。…いい夢を」

いつものようにその額にキスをすると安心したように目を閉じたデンゼルはあっけないほど早く眠りにつく。

あどけないその寝顔を見詰めながら、今しがた自分が言った言葉を心中で反芻した。

そうよ、クラウドがあれだけ心を開いている人だもの。話してみればきっと…

そこまで考えてから先程彼の背後から送られた少し痛い視線を思い出し、ティファはふう、と溜め息にも似た息を吐いた。

彼女はきっと、クラウドのことが。


どうにも眠れそうに無かった。




寝台の脇に置かれた小さな灯りで雑誌を繰っていたティファは階下での物音に気付いた。

階段を上がる忍ばせた靴音。

もう終わったのかしら、と身体を起こしかけてその靴音が二人分であることにも気付く。

何となくまた身を横たえるとシーツを手繰り寄せた。

別に寝た振りをする必要などは無いのだが。

息を潜めると、しんと静まり返った寝室に二人の話し声が微かに聞こえてくる。

武器を格納するパーツだの、オイルがどうの。

何の事だかさっぱり判らない話声がクラウドの仕事部屋へと吸い込まれていくのがわかった。

クラウドの部屋に転がっている、ティファにはガラクタにしか思えない部品でも取りに来たのだろうか。

お茶でも淹れよう。

どうせ眠れなくて起きているのだ。一人でもやもやしていても仕方が無い。

デンゼルがぐっすりと眠っている事を確認するとティファはもう一枚身に羽織るとそっと寝室を後にした。

僅かに開いた彼の部屋の扉から漏れる灯りに足音を忍ばせる。

気が付かれたらまた「構うな」と言われるだろうか。

ティファにとっては意味のわからない専門用語の混じった会話を耳にしながらそのまま階段を注意深く下りようとしたその時。


「…しかし本当に綺麗な顔だな、クラウド」

イズミの声にティファの足が止まった。

唐突だな、と呟くクラウドはくくく、とその喉を鳴らすと

「その可愛い顔で人のこと言えた義理か」



あ、聞きたくなかったかも。


部屋から漏れる声を抑えた二人の忍び笑いが耳に響く中、ティファは羽織った上掛けを押さえる片手にぎゅっと力を込めた。


ううん、聞きたくなかった。どうしよう、聞かなければ良かった。


胸の奥にそっと隠しておいた大事なものを攫われてしまったような感覚。

攫われたその隙間に広がる黒い思い。認めたくは無かったが、それは刻々と「こころ」を侵食する。

自分以外の女性に「その言葉」を呟くクラウドは見たくなかった。

そんな浅ましい思いを抱く自分はもっと見たくなかった。

どきどきと早まる胸の鼓動に息がしづらい。

こんこん、とその扉をノックして『まだ起きてるの?』と声を掛ければいい。

『なんの話?』と笑いかければいい。

どうして出来ないの?

どうして動けないの?

どうして、私以外の女性にその微笑みを向けるの…?



ティファは気が付くと寝室の寝台に腰掛けていた。

ぼんやりとする思考で胸に渦巻く言葉を懸命に手繰り寄せては手放す。

嫉妬。

ついに形になったその言葉にぽつりと呟く。

「みっともないわ…」

ティファはそのまま眠るデンゼルの足元にぽそ、と横になった。


クラウドのばか


心の中でそう呟くと少し気が晴れた。


ばかばかばか


そのうち目の前のシーツが滲んで見えてくる。


違うわ、ティファ。…馬鹿なのは私


彼女が彼をどう思っていても構わない。

彼が彼女をどう思っているかなんて考えるだけ愚かな事。


ただ、私はクラウドを独り占めにしたいだけ。


子供みたい、と滲んだ視界を手の甲で拭った。




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あーあ、…(何)
もう少しお付き合い下さい。