<SS SELF-HATE 2>
結局、一睡も出来なかった。
店の支度に取り掛かったティファは、食事も摂らずに作業を続けていたクラウドが「試運転に行ってくる」と嬉しそうに店へ顔を出した時も
ぎこちない笑みしか作る事が出来なかった。
子供のように目を輝かせる彼の顔を見ると、昨夜の彼女へ向けたあの言葉が頭の中をぐるぐると回る。
「…ティファ?」
押し黙った自分を怪訝に思ったのか、戸口に立つクラウドの口調が僅かにトーンダウンした。
「あ、ううん。いってらっしゃい」
出来るだけ普段どおりの声を作ったが、クラウドは扉を閉めるとつかつかと近付いた。
「どうした?具合でも悪いのか?」
熱を確かめようと額に伸ばされた片手をぴた、と留めると汚れてるからな、とすっきりとした顎をそこに押し付ける。
「な、んでも…」
動けないで居たティファは額に押し当てられる少しひやりとしたその感触に目を閉じた。
いつものクラウドだ。
昨夜の事は夢だったのだろうか。
「熱は無さそうだが…大丈夫か、ティファ」
優しい口調に何だか泣きたくなった。
このまま彼の背中に腕を回せば、彼はその汚れた掌を気にしながらも抱き締めてくれるだろう。
動きかけたティファの腕は店の外から彼を呼ぶイズミの声に止まった。
そのまま、クラウドの胸板に両手を押し当てるとゆっくりと押しやる。
「…なんでもないわ。大丈夫だから、いってらっしゃい」
夢だったら良かったのに。
笑顔が、張り付いた。
未だ戸惑うクラウドに、店の準備があるからと俯いたまま背を向ける。
彼の顔を見ることが出来ない。こんな自分の顔も見られたくはない。
「…すぐ戻る」
そう言い残した彼の後姿が扉の向こうに消えるのを確認すると、ティファはきり、と唇を噛んだ。
少しして、フェンリルのエンジン音が唸る。
その爆音が遠ざかっていくとティファは持っていたナイフを作業台に置いて大きな溜め息を吐いた。
マリン、私どうすればいい…?
思わず娘の名を呼んでしまったことに気付いてふ、と笑みが漏れた。
「ダメね、私」
マリンはきっと、こんな自分を見たらあの大きな目を三角にして怒るだろう。
うん、そうだわ。怒ってもらおう。
よし!と置いたナイフを取り上げて途中だった仕込み作業に取り掛かった。
からん、と店の扉が音を立てティファは顔を上げて驚いた。
「あ…」
イズミがその戸口に立っていたからだ。どくん、と心臓がひとつ跳ねた。
「…手を洗わせて貰いたいんだが、いいかな」
オイルが落ちなくて、と呟く。
「あ、はい、どうぞ…あの、ごめんなさい。てっきりクラウドと一緒に行ったのかと…」
「『あれ』は基本的に一人乗りだからな。くっついていったら試運転にならない」
案内した洗面所で手を清める彼女の僅かに上がった口元に、ティファはまた驚く。
「そう、よね。確かに」
相変わらずこちらを見ようとはしないが、その物言いは昨夜感じた冷たさが少し和らいでいる気がした。
「あの、お茶…淹れますね」
ティファの申し出に、イズミはこくりと今度は頷いた。
作業台に出したミルに豆を入れる音が妙に響く。
それほど広くない店内は自分の鼓動が胸から漏れていないか心配になるほど静まり返っていたが。
カウンターから一番遠い場所にある卓席に着いた彼女は昨夜の印象とは少し違って、なにやらそわそわと落ち着かない様子を見せている。
部屋で宿題をやっているデンゼルを呼ぶことも考えたが、やめた。
これ以上甘えられない。
ティファは二人分のコーヒーを淹れるとイズミの座る卓席へと向かった。
何を話せばいいのだろうか。
コーヒーを出した時にありがとう、と小さく呟いたイズミの言葉以来、押し黙った空気が張り詰めている。
客商売であるティファは話題に事欠く事などこれまでに一度も無かったものなのだが。
『あのね…』『そういえば…』『この前ね…』出だしに使う文句が頭に浮かんでは言いとどまってしまう。
細面に大きな目。良く見ると少し青みを帯びた瞳はあどけなく、地の厚いデニムの作業着を纏った体つきは線が細くて。
歳は聞いていないので判らないが、まるで童女のようだ。
彼女を可愛いと思ってしまうのは自然の事だろう。
ティファは両手に持ったカップに口をつけると熱いコーヒーを一口飲み込んだ。
一息ついて、
「「あの…」」
言葉は重なった。
「え?な、何?」
驚いたティファはカップを卓上に戻すとお先にどうぞと譲った。
「え…と、ティファ、さん」
ティファでいいわ、と遮ると彼女はこくりと頷く。
「ティファ…はクラウドの奥さん、なのか?」
「え…」
どくん、とまた一つ大きく跳ねる鼓動。
手を添えていたコーヒーカップにきゅ、と力を込めた。
「…違う、わ」
近所界隈では暗黙の了解とでもいう様に『夫婦』と扱われている。
それをティファもクラウドも否定はしなかったが、肯定もしてはいない。
初めて否定の言葉を口にしたティファはその胸に痛みを覚える。
これから先をずっと共に生きていこうと思っている。彼もまたそう…考えてくれていると思いたい、が。
特にはっきりと将来を誓った仲でも…ない。
「そう、か。…なら私にもまだチャンスがある、ということだな」
ああ、やっぱり。
ティファは手中のなめらかに揺れる琥珀を見詰めるしかなかった。
片づけが残っているから、とイズミが席を立った所へフェンリルの収束するエンジン音が聞こえてきた。
「どうだった?」
「ああ、いい出来だ。予定より早く終わったな、本当に助かった」
店に入ってきたクラウドがイズミの問いに笑いかけ、その肩をぽんと叩く。
後は仕上げとく、と彼女が出て行く様をティファはぼんやりと見詰めていた。
「具合、どうだ?」
「…え?あ、…」
目の前にある蒼い双眼。思わず目を逸らしたティファにクラウドが今度は食い下がる。
「どうしたんだ、ティファ。…何か怒ってるのか?」
「怒ってなんか…」
ティファは立ち上がった。彼女の使ったカップも手に取ると片付けるから、とカウンターへ向かう。
「ティファ」
腕を掴まれて、その手に持つ自分が殆ど飲めずに冷めてしまったコーヒーがぱしゃ、と床に零れた。
琥珀色をしていたそれはその色を薄めながら床に広がる。
気にも留めずにクラウドはそれを目で追うティファの両肩を掴んだ。
「何があった?」
「…離してクラウド。床、拭かなくちゃ…」
意図して彼の真っ直ぐな視線から逃れた。
私、今きっとひどい顔してる。
「ティファ…どうして俺を見ない」
見ないんじゃない、見られたくない。
零れたコーヒーと彼の靴先を見詰めているとじわりと目尻が熱くなった。
「頼むから、こっちを向いてくれ」
俯けた顔を覗き込もうとする彼にぷいとそれを背ける。
やだ、見ないで、クラウド。
「ティファ!」
「………」
両肩を掴んだ彼の手はより一層力が込められ、逃げられそうに無い。
強い口調に、だって、と俯いたまま言葉が零れた。
「見ちゃったんだもん、昨夜、聞いちゃったんだもん!クラウドの部屋でクラウドがイズミさんに…」
「昨夜…?」
零れてしまったら、言葉はまるで迸る水のように流れ出した。
言ってしまった、と唇を噛むティファの前でクラウドは遡る思考が一つの記憶に辿り着いたようだが、首を傾げた。
「…ちょっ…と待て、ティファ…どういうことだ?」
肩にあった手の力が抜ける。困惑した表情を見せるクラウドに腹が立ってきた。
「クラウドの鈍感!…彼女は、あなたのことが…!」
「お、おいティファ…」
「デンゼルー!迎えに来たよー!!」
唐突に開いた扉の音と共にマリンの声が響いた。
「…マリン?!」
「途中で会ったシドおじちゃんがね、やっぱり楽しい事は一緒じゃなきゃダメだって、艇を出してくれたの!向こうの空き地で待ってくれてるから…」
走ってきたのかはあはあと息を切らしながら言うマリンはクラウドとティファの顔を交互に見詰めると外を指差した。
「お外に居るお兄ちゃん、誰?」
え?とティファはマリンの言葉を復唱する。
「おにい…」
「ああ、イズミって言うんだ。壊れたフェンリルを直してもらったんだ」
勝手に進む話にティファは混乱する。
「ま、待って…お兄ちゃんて…」
どたどたと盛大な足音で階段を下りてきたデンゼルが叫んだ。
「マリン!アイツと仲良くしちゃダメだぞ!アイツ、ティファの事狙ってるんだ!!」
「何?!」
デンゼル以外の皆がそう思ったが、声に出したのはクラウドだけだった。
待って、待って、待って。
頭を抱えるティファに、外を見ながら舌打ちをするクラウドが決定打を放つ。
「ティファ、イズミは…男だ」
言ってなかったか、と付け足したがもうそれどころではない。
待ってちょうだい。
あの突き刺さるような視線は?
チャンスがあるって…何のこと?
狙ってる?…誰が、誰を…?
クラウドのイズミに対する態度や言動、イズミの意味ありげな行動がぐるぐると回って頭の中をごちゃごちゃにした。
「…ティファ!!」
クラウドと、マリンとデンゼルの声が遠くのほうから聞こえる。
ティファはその場で倒れこんでしまった。
「…気が付いたか?」
額に乗せられた冷たいタオルの感触にティファはゆっくりと目を開けた。
「…わたし…?」
「昨夜寝てないらしいな。デンゼルから聞いた」
脇に寄せた椅子に腰掛けるクラウドが寝台から起き上がろうとするティファを制する。
「店には臨時休業の札を出しておいたから、もう少し休んでろ」
大人しくそれに従い、見上げると澄んだ深蒼の瞳が優しく微笑んだ。
「あの…クラウド」
「やっとティファの顔が見れた」
頬に朱が散るのを感じる。そういえば昨夜から彼の顔をまともに見ていない。
「み、みんなは…?」
「デンゼルとマリンはシドに預けた。俺たちは後から追いかけると言ってある。…イズミは」
その名前にティファはぴくりと動揺した。
「アイツは出入り禁止だ」
ふん、とそっぽを向いたクラウドにもじもじと声を振り絞る。
「え…と、あの、…ごめんなさい」
「いや、俺もちゃんと言わなかったからな。子供たちはすぐに判ったみたいだが」
「………」
悪かった、と呟くがその表情はなんだかやけに嬉しそうで。
そんな視線に耐え切れず目を逸らそうとした時、言われてしまった。
「…ヤキモチ、か?」
「や……!」
がば、と起き上がったティファは言葉に詰まる。その通りなのだ。
くく、と喉を鳴らしたクラウドが真っ赤に火照った頬に触れた。
「黙ると認めた事になるぞ」
「……」
もうどうでも良かった。
熱い頬よりも、もっと暖かいクラウドの手。
どこかへ行ってしまったように思えたその手は今もここに在る。
「ティファ?」
押し黙ったままのティファにクラウドが呼びかけた。
ひどく安堵したティファはその手に自分の手を添える。
「あのね、クラウド」
「ん?」
「もう、他の人に…可愛いって言わないで」
「うん」
言って、返事がすぐに返って来てから後悔の念が押し寄せる。愚かな考えにまた俯いてしまった。
「…嘘。…言っていいわ」
「言わない」
「言ってったら」
顔を上げるとすぐ目の前に広がる深い、蒼。
「可愛い、ティファ」
「ちが…」
かっと熱くなる頬。それ以上に、言葉を飲み込んだ重なる唇はひどく熱くてティファは瞳を閉じた。
追われるように深くなるそれに逃げ腰の体が傾いてしまう。
ん、と支えるように寝台についた手をとられ、重力に従うしかない身体が彼に組み敷かれる形になるのは当然だ。
「こんなティファが見られるなら、…たまにはいいかもな」
微かに触れる唇の距離で囁かれ、その手が着衣に触れる。
「ク、ラウドちょっと待っ…」
「イヤだ」
お預けが長すぎる、と呟いたクラウドの薄い唇が首筋に触れて肩が竦んだ。
「待って、クラウドも昨夜寝てないんじゃ…」
「…今日も寝たくない」
ヤキモチなんて焼くもんじゃないわ、と
思い知らされるティファであった。
FIN
22222HITをフミフミしてくださった澪様のリクエストです☆
ヤキモチを焼くティファでvということでした。
我家の「ティファイチ」クラが、果たしてティファに妬いて貰えるようなコトを起こすだろうか!?
と、考えてたらこうなりました(嗚呼…)
他のオナゴに目のいくようなヤツでは無いですし。
始めはもっと軽ーくいく筈だったんですが、ティファがなんだか深く深く考え出してしまって…。
なのにこのオチ(笑)
ごめんよ、ティファv
でもそんな貴女が大好きですvv
澪さん、リクエスト有難う御座いました!!
こんなですが、末永く可愛がってやってくださいねvv