<SS Join by a hand>
「忘却」とは
忘れ去ること也
忘れ得ずして
忘却を誓う
心の悲しさよ
Join by a hand
「ティファー!!」
傾いた日差しの緩い光線が灯りを点す前の店内を僅かに暖かく見せる時刻。
我家のおしゃまな娘が扉をけたたましく開け、転がり込むような勢いで母親の名を呼んだ。
ティファは夕餉の支度の手を止め、走ってきたためか息を切らしているマリンの嬉しそうな顔を見つめた。
何かいいことがあったのだろうか、知れずこちらも微笑が浮かぶ。
「どうしたの?ご飯まだだから、もう少し遊んでていいわよ?」
はあはあと、息も落ち着かないうちに後ろから今度は息子が同じように飛び込んできた。
「ティファ!今度の週末、ロケット村に遊びに連れて行ってくれるって!」
ん?と首を傾げていると
「ああ!マリンが言おうと思ったのに!ずるい!!」
「先に走ってったマリンのがずるいだろ!」
「はいはいはい」
始まった小さな口論に、ティファはコンロの火を止めてキッチンから出た。
膝を折って目線を合わせると、言い合いをする二人の肩に手を置く。
しー、と口元に人差指をあてると、やっと罵り合いが納まる。
「・・・で、何?誰がそんなこと言ったの?」
膨れっ面で睨み合っていた子供たちは弾かれたように同時にティファに向き直った。
「「クラウド!」」
重なった声に見合わせた二つの小さな顔が一瞬で破顔し、鈴の転がるような笑い声が響く。
「・・・呼んだか?」
笑い声の中、扉をくぐって入ってきたのはクラウドだ。ティファは驚いて立ち上がった。
「クラウド、早かったのね」
おかえりなさい、と柔らかい微笑で労る。
「ただいま」
クラウドは先程遊んでいた子供たちにも同じように嬉しそうな笑顔で出迎えの言葉を掛けられたことを思い出し、
くすぐったい思いを胸の中で堪えた。
こんなことなら、毎日でも仕事を早く切り上げて帰ってきたいものだ。
「さっき、そこで会ったんだ。一緒に帰ってきた」
「そう」
ティファは夕日を背に並ぶ3人の姿を思い浮かべ、ふふ、と笑みをもらした。
「シドのおじちゃんのところの赤ちゃん元気かな、早く会いたい〜」
小さな胸を抱きしめるようにしてマリンは、遊べるようになったかな、とティファを見上げた。
「俺は飛空艇に早く乗りたい!」
以前シドに乗せてもらったときに操縦桿を握らせてもらい、『なかなかやるな!』と褒められたのを思い出したのか、
デンゼルも頬を上気させている。
ティファはそんな二人を穏やかに見つめてから、クラウドに首を傾げて見せた。
「シドが今度の週末こっちに来る用があるらしいんだ。久しぶりにどうだ、って連絡があった」
「クラウドは、」
「ティファは、」
二人同時に出た言葉に一瞬お互いを譲り合っていたが、また同時に
「大丈夫なの?」
「店休めるか?」
しばし見詰め合った後、一緒に吹き出していた。笑いながら答える。
「私は大丈夫・・・」
「・・・俺もだ」
笑いあう大人を見上げていた子供たちは顔を見合わせて微笑む。
「仲良しだよね」
「子供みたいだな」
クラウドの早い帰宅に、その夜の常連客は気を利かせて早めに退散した。
「・・・見事なまでの営業妨害だな」
閑散とした店のカウンターで本気で悩むクラウドがティファには可笑しくて仕方なかった。
「そんなことないよ、今日は子供たちのお風呂も寝かしつけも・・・クラウドが居たから助かっちゃった」
クラウドは微笑むティファにふ、と表情を和らげると空になったグラスを手渡した。
「それだけか?」
手渡されたグラスと一緒に、その腕をとられて前かがみになったティファは体勢を整えようと反対側の手をついた。
「クラウ・・・」
驚いて上げた視界に澄んだ魔晄色の瞳が飛び込む。
跳びはねた心音に思わず目を閉じた。
重なった唇すら、鼓動しているように思えた。
「・・・もう」
ゆっくりと離れたクラウドのそれはいつものように端をあげたままだ。
手にしていたはずのグラスは力の抜けたティファの手から離れ、持ち主の元へと戻っていた。
「落とす所だった」
くく、と喉を震わせるクラウドを悔しげに見つめる。
「クラウドが悪いんじゃない・・・!」
はいはい、と嬉しそうに、今度こそ真っ赤になったティファにちゃんとグラスを手渡した。
「なあ、ティファ」
「ん?」
蛇口をきゅ、と捻り、水を止めたティファは洗い物の間に店内の片付けを終えてくれたクラウドを仰ぎ見る。
「なあに?」
真っ直ぐな視線に少し伏し目がちになったクラウドはぼそりと呟いた。
「・・・シドのところへ行ったら、」
言葉を途中で切ったまま、しばしの沈黙があった。
ティファは辛抱強く待ったが、クラウドは一度小さく息を吐くと、
「・・・いや、やっぱりいい。先に上がるよ」
と住居へと続く階段に向かう。
「待ってよ、何?気になるじゃない」
段を上がろうとするクラウドの腕を掴んで引き止めたティファはその大きな瞳に僅かな陰りを映した。
それを見て取ったクラウドは少し考えてから口元を緩ませる。
「・・・シドの家、・・・他所の家じゃ気が引けるから、今のうちにたっぷり抱きしめておこうと思っただけだ」
途端にさっと頬に朱を散らせるティファの唇に自分のそれを軽く当てると更に続けた。
「・・・待ってるから、早くおいで。それともこのまま抱き上げて行っていいか?」
「も、もう!クラウド!」
いつもの言葉にクラウドは腕を組むと小さく首を傾げる。
「・・・最近、俺にはそれが肯定の言葉にしか聞こえないんだが」
熟れたトマトのような頬を両手で押さえたティファはすっきりとした眉間に小さな皺を寄せた。
「ま、まだまだ時間、かかるんだから。先に寝てていい、よ・・・きゃ!」
ぼしょぼしょと呟くティファをクラウドは軽々と抱き上げる。
「・・・じゃあ、強行手段だな」
「ちょ・・・こら!」
手早く店の灯りを落とすとクラウドは悪びれもせずに一言。
「子供たちが起きるぞ」
う、と詰まるティファは一つ溜息を吐くと早々に抵抗の意思を手放した。
「・・・ずるいんだから・・・」
互いの熱をひとしきり与え合った後、未だ離れ難い腕の中でティファは閉じたままのクラウドの長い睫を既に闇に慣れた瞳で見つめた。
まだ眠ってはいない。
「…ね、クラウド」
肩に廻されていた手だけがゆっくりとティファの流れる髪を梳いた。
「さっきあなたが言いかけたことだけど・・・」
薄く開いた碧色の瞳を確認してからその胸に頭を預けて続ける。
「私も、そう思ってたから・・・」
耳の後ろを通って掌が頬に当てられる。見ると、穏やかな笑みを湛えたクラウドと目が合った。
「・・・行こう、クラウド」
胸の奥で泉のように湧き上がる強い意志は彼のこの暖かさから培ってきたものだと、ティファは思う。
今までも、・・・きっとこれからも。
「ああ、・・・行こう。一緒に」
寝台をきしませる音と共に降りてきた唇はいつもより殊更温かだと思った。
「んー。いい風」
飛空艇から降り立ったティファは初夏を思わせる爽やかな風に舞った髪をかき上げると、大きく伸びをした。
「やっぱり外は気持ちがいいね、クラウド」
「…激しく同感だ」
タラップからフェンリルを降ろしてきたクラウドを振り返ると彼は生欠伸を噛み殺しながら感慨深そうに呟いた。
「ったく。お前ぇもいー加減相変わらずだな!」
がはは、と笑い声をあげるシドに背中をばしばし叩かれる。
「・・・あまり叩くな。いつでも出せるぞ」
未だ僅かに顔色の悪いクラウドにうお、と飛びのいたシドへ冗談だ、と言ってから先に飛び出して行った二人の子供たちの後を追う。
冗談言うのか?とこちらを振り向いたシドにふふ、とティファは笑みを浮かべた。
「・・・しかしまあ、なんだな。」
ちびたタバコに火を点けると一度大きく煙を吐いてから大なり小なりの後姿に目を細めて続ける。
「俺様ぁ嬉しいぞ」
「何が?」
無精髭をさするシドに目をやると、ニヤリと口端を上げて背中をばん、と叩かれる。
「いろいろだぁな。おら、行くぞ。うちの大将も待ってるからよ」
叩かれた背中はじんと痛んだが暖かく、よろけた足を踏みしめてティファは顔を綻ばせたまま歩き出した。
「ほら、見て見て!笑った!」
「ほんとね、きっとマリンちゃんのことが好きなのよ」
「・・・そうかなぁ」
シエラの言葉に頬を紅潮させたマリンはくすぐったそうにティファを仰いだ。
「赤ちゃんてね、いい人が判るんだって。マリンはいい子だもんね?」
頭を撫でてやるとうふふ、と嬉しそうにティファの抱いた赤ん坊に頬擦りをした。
「おう、シエラ。そろそろ」
「あ、そうですね。・・・はい、ティファさん」
シドの言葉にシエラは気が付いたようにティファの腕から赤ん坊を受け取った。
「次はマリンちゃん、抱っこしてみる?」
「いいの?!」
ティファは腰を上げてマリンの腕を支えた。
「マリン、そっとよ・・・」
「おら、ティファ。遅くなるから早く行って来い」
え、とシドを振り仰ぐと、その先でコーヒーに口をつけながら驚いたように同じ人物に目をやるクラウドも視界に入った。
「二人で行ってくるんだろ?モタモタしてると日が暮れちまわぁ」
クラウドが話した・・・訳では無さそうだ。
「シド、どうして」
立ち上がったティファにシドはまた顎の無精髭をさすった。
「送迎付きだって言うのによ、あんなタンコロ積まれちゃ誰だって判るってんだ。二人は面倒見とくから行っとけ」
「・・・悪いな。頼む」
腰を上げたクラウドに艇の模型に魅入っていたデンゼルが気付いた。
「どっか行くの?俺も行く!」
「おっとデンゼルはこれから俺と飛空艇の整備だ。機関室も見せてやる」
「うわ、行く行く!!」
シドの誘いにデンゼルは飛び上がって喜んだ。
「私は赤ちゃんのお世話してるね!行ってらっしゃい、クラウド、ティファ!」
マリンも腕に抱いた赤ん坊の小さな手をとり、そっとバイバイする仕草を見せる。
頷くシエラにティファはぺこりと頭を下げた。
「・・・じゃあ、お願いします」
シドは、けっと悪態を吐いた。
「・・・んだよ、んなことでいちいち頭下げんな」
痒くなるぜ、と頭を掻く。
そんなシドをくすくすと笑いながら見ていると肩にクラウドの手が置かれた。
「行こう」
クラウドの表情は穏やかだ。
ティファも続いて綻ぶ。
「はい」
「その辺でしけこむんじゃねーぞ!」
スロットルを回した音にも負けないような大きな声で背中に声がかかる。
「も、もう!」
「・・・ああ、我慢する」
振り向かずに片手だけ挙げたクラウドはそう言うとくくく、と背中で笑った。
ひゅう、と口笛を吹く様のシドをティファは頬を火照らせたままで睨みつけると、クラウドのわき腹も抓り上げた。
痛てっという小さな声が聞こえたが直後の爆音に気づかない振りを決め込むことにする。
「・・・大丈夫でしょうか、あのお二人」
シエラは煙草に火を点けるシドに視線を投げた。
「あそこもいろいろ変わったしな。あいつらだって・・・随分変わった。・・・心配いらねぇよ」
遠ざかる二人乗りのバイクに目を細める艇乗りのズボンの端をデンゼルがひっぱった。
「しけこむって何?」
「ん、・・んあ?!」
「・・・シド」
ちらりと横目で見たシエラの目線は怖かったという。
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君の名は〜♪
大好きでしたあのドラマ。
2に続きます。もう少しお付き合いください><