<SS Join by a hands 2>
ニブルヘイムの村の入り口に辿り着いたのはもう日も傾き、その山肌を真っ赤に染める頃だった。
「疲れたか?」
先にフェンリルから降り立ったティファは次いで地に足をつけたクラウドにううん、と首を振って見せる。
そのまま、目の前の自分たちの故郷である場所に視線を戻した。
以前ここをバレットと三人で訪れた時は痛みを伴うほど後悔した。来るんじゃなかった、と。
神羅に雇われていた人間がすでに立ち去った後の、まるでゴーストタウンのように閑まり返っていた村は
一瞬の心隙をついてあの忌まわしい事件をまざまざと蘇えらせたのだ。
あの時私は、この村を、
「ティファ」
急に呼ばれて、自分がしばらく黙り込んでいたことに気づいた。
見ると、柔らかい表情のクラウドが手を差し伸べていた。
「行こう」
ふ、と小さい息をつき、ティファはその手をそっと握る。暖かい。
歩き出すティファにクラウドが少し首を曲げてティファの持っている手提げを指摘した。
「それは?」
「・・・内緒」
僅かに覗く緊張の中、緩い笑みが出たのは握った手の暖かさのおかげだと思う。
ティファは前を向いた。
また、あの時と同じかもしれない。目を背けたくなるかもしれない。でも。
この手があれば、大丈夫。
その時、村の中から子供の笑い声が響いた。
「次は俺!」
「ダメだよ!順番!」
クラウドとティファは顔を見合わせた。心持ち足早に入り口をくぐる。
その二人の間を幼い子供たちが駆け足できゃあきゃあと通り抜けて行った。
「あ・・・」
連なる屋根の煙突から立ち昇る煙。
さまざまな夕餉の支度のにおい。
開け放たれた窓から覗く風に揺れるカーテン。
広場で遊ぶ子供たちの白いシャツ。
転がるような笑い声。
元、自分の住んでいた家の扉が開いた。
中から飛び出してくる女の子に子供の頃の自分が重なる。
「こっちこっち!ティファ、早く!」
「ああ!待って!」
蘇える、記憶。
日が落ちるまで友達の背中を息を切らして追いかけた日々。
ああ、こんな。
こんなふうに・・・思い出すなんて
思い出せる、なんて
知れず、あの事件の記憶と共に封じ込められていた思い出が、溢れた。
一度は全てが焼け落ちた村。しかし神羅の思惑とはいえしっかりと建て直され、整備された場所だ。
もとより山裾のこの地は水に溢れ、富んだ土は人間が暮らすに余りあるほど事足りているのだ。
メテオの騒動で行き場を失った人々が移り住んできていてもおかしくはない。
クラウドはそう考えてから隣のティファに目をやった。
ティファが泣いているのではないかと思ったのだ。
それはそれでいい。
この光景は自分ですら郷愁を誘うものだったから。
止める気は無かったが、その夕日に染められた横顔が光に透けてひどく儚げに映ったから、思わず手を伸ばした。
何処かに、行ってしまいそうだ。
それに気づいた彼女が振り返る。
優しい笑みを浮かべるティファの頬に涙の痕は見受けられなかった。
ただ、夕映えに照らし出される長い髪が暖色に染まり、緩い風にそれが弄られるのを気にもせず微笑む彼女から目を離すことが、出来ない。
綺麗だ。
心の底から、そう思った。
伸ばしかけた手に、ティファのしなやかな手が絡む。
「・・・あたたかい、ね」
彼女の言葉に、意識を呼び戻される。
「ここは、こんなにあったかい、所だったんだよね」
クラウドはその手をしっかりと握り返した。
「ああ、・・・そうだな」
「私ね、」
しばし広場に戯れる子供たちを見つめていたティファが呟いた。
「ん?」
繋いでいた手をそっと離すと、ティファは村の中心でもある給水塔へと歩みを進める。
木造のそれはあちこち修復の跡が見られた。一度は使われなくなったものだが、あのメテオ災害以降、
ここに集まった人々の手によって、またその機能を取り戻したのだろう。
その柱に片手をあて、目を閉じる。
「・・・前に、ここに来たとき・・・忘れちゃおうって思ったんだ」
クラウドは、ティファの背中を見つめた。
「家も、広場も、この給水塔だって、あの頃のものじゃない。私の知ってるニブルヘイムは、もうどこにも無いんだって、」
ただただあの忌まわしい事件を思い出させるだけの・・・そんな悲しい場所なら忘れてしまえばいい。
自分も、そう思ったのだ。
「・・・でも違った」
こつん、と額を柱に預ける。
「どんなに町並みが変わっても、住む人が変わっても。・・・私たちが、忘れてしまおうとして、いても」
私たちの思い出は、確かにここに居る。
「・・・ああ、ここは俺たちの故郷。ニブルヘイムだ」
ゆっくりと彼女に近寄り、その肩を抱き寄せた。微かに震えているのが判ったからだ。
顔を見せようとしないティファの頬に触れると指に滴が伝った。
「ティファ・・・」
「悲しいんじゃないの。・・・嬉しくて」
振り向かせた彼女は泣いていたが、微笑んでいた。
「本当は、ずっと・・・気になってた。忘れたくないって思ってた」
確かに辛い思い出もある。でもそれ以上に暖かい思い出もたくさん、ある。
「・・・こんなふうに、思えるようになって良かった」
そうだな、とその滴を指の背で拭ってやると恥ずかしそうにごめんね、と呟く。
「・・・・・・」
その唇に口付けたくて仕方なかったが、足元からの視線がひどく気になった。
「ラブラブだね」
「ちゅーするのかな」
しゃがみ込んで見上げる小さなギャラリーに彼女も気づき、夕焼けよりも紅くなってその顔を覆ってしまった。
「これね、エアリスのお花の種なんだ」
さして興味もなかったのだろう、辺りに集まっていた子供たちがまた広場に散って行くと、
落ち着いた様子のティファが持っていた手提げを掲げて見せた。
「もし、ここがあの時のままだったら、そこら中に蒔いて帰ろうと思って。でも、必要なかったみたいね」
辺りを見回すと、家々の花壇にはちゃんと手入れされた様々な花々が落ちかけた陽を惜しむように顔を並べている。
クラウドは自分のあごをつまんで少し考えていたが、寄りかかっていた給水塔の建て木から身を起こすとティファを置いて歩き出した。
迷い無く向かったのは、以前ティファが住んでいた、家。
躊躇無く呼び鈴を鳴らす。
「ちょ・・・クラウド?」
ティファも身を起こした。
扉が開いて、中から出てきた女性が在りし日の母と重なる。
ごしごしと目を擦り、もう一度見ると、少し恰幅のいい人の良さそうな中年の女性がクラウドと話していた。
しばしの間、そこから動けなかった。
少しして、話を終えた様子の女性が家に戻って行くと、クラウドがティファにおいで、と手招きをする。
弾かれたように足早で駆け寄ると、
「ここに蒔いてもいいそうだ」
と玄関脇の土のあたりを指差した。
「どんな交渉したの?」
手提げに一緒に入れてきたシャベルで土をおこしながらクラウドを見つめる。
たかだか花の種ではあるが、いきなり訪れた見ず知らずの人間からの頼みをそう易々と受け入れて貰えるものなのだろうか。
「別に。前にこの村に住んでたって言ったら快く承諾してくれた。・・・ニブルの人間はみんな人が善いんだ」
俺たちみたいに、と付け足した。
「そうだね」
指で柔らかくなった土に窪みをつけると、クラウドは時々意地悪だけど、とそこに種を蒔き入れる。
心外な発言だ、とクラウドはその上に土をかけた。
「嬉しいな。子供の頃、よくここでこうやって花のお世話をしたわ。・・・今日はいろんなこと思い出しちゃった」
種を蒔く手を止めて、指折り数えているとクラウドが呟いた。
「俺はティファに片想いしてたことぐらいだな。思い出すまでもないくらい覚えてるけど」
「・・・・・・・・・」
染まる頬を悟られたくなくて、俯いたままぐりぐりと土に指をねじ込む。
「私だって、・・・クラウドがここを出て行ったときから、片想いだった、もん」
ちゃんと覚えてるけど、と土をかぶせると勢いよくぽんぽんと膝の土を払いながら立ち上がる。
「・・・それは両想いって言うんじゃないのか?」
くく、と笑いながらクラウドも同じように立ち上がった。
遠い山裾に埋もれようとしている夕日に各々の家から子供を呼び戻す声がかかる。
子供たちは明日の再会を約束しあって明かりの灯る自分の家へと帰っていく。
「これからここは、あの子達の故郷にもなっていくんだね」
そして大人になった時、こうやって思い出すのだ。楽しかったことも、・・・辛かったことも。
大好きな人の傍でなら、なお良い。
静かになった広場を見つめていると、ふいにクラウドの手が自分のそれに絡んだ。
泥だらけだよ、と振り仰いだとたん唇が降りてくる。
しばらく、その暖かい口付けに酔う
「ずっと我慢してたんだ。あいつらがちらちら見るから・・・」
拗ねた口調に思わず吹き出してしまった。
「・・笑ってろ。後で後悔させてやる」
涙の滲んだ目のふちを拭ってあら、と言葉を繋いだ。
「他所様の家じゃ気が引けるんでしょ?」
ふふん、とその綺麗な色の瞳を見返してやった。
ほう、と流麗な眉を心持ち持ち上げたクラウドはそのまま不敵な笑みを作る。
「・・・構うもんか。」
繋いだ手を引かれて薄暗くなってきた広場をその大きなストライドで横切るクラウドに足早でついて行く。
「え、・・・ちょ、ちょっとクラウド?!本当にやめてよ?」
「・・・次に来る時には、咲いてるといいな」
ゴーグルを着けながら呟いたクラウドの端正な横顔をティファはその背中からじっと見つめた。
微笑んで、その腰に腕を回し、きゅっと抱きしめる。
「・・・うん。また来ようね」
きっと綺麗に咲いている
そしてそれがまた種をこぼし、また花が咲く
たくさんの花々は子供たちの心も癒すだろう
この場所に確かに残るあの辛い記憶は、忘れることは出来ないけれど、
癒されることは無いかもしれないけれど。
いつかその上にも花が咲き誇る。
大好きだった故郷が
大好きな人と一緒に蒔いた
大好きだった人の花で埋め尽くされるといい
子供たちの笑い声で埋め尽くされるといい
きっと、
幸せで満たされる
FIN
プロローグ小説「On the Way to a Smile」ティファ編で二人は星を救った直後、自分たちの故郷を訪れますよね。
あの時は悪い印象しか残らず、「来ないほうが良かったな」と仰います。
それって淋しい。。。と思って妄想したものです。
どんな辛い思い出があっても、人間って不思議なもので時が経つに連れて思い出したくなったりするものです。
クラウドとティファも心をしっかりと通い合わせ、時を経て大事な故郷をちゃんと思えるようになって欲しい。
乗り越えて、頑張れ〜!
柊はそのためにニブルヘイムをたっぷりと美化していますw
山裾って言ったってニブル山は確か岩山のゴツゴツ。。ぜんぜん肥沃してそうにないですけど!
妄想です、妄想wゆ、許して。