<SS 55555HIT Whereabouts of ... 2>





小さな喫茶店の扉に下がっている「休業」の札にゴーグルの奥で瞳を閉じた。

開くはずが無いであろうドアノブをゆっくりと開いた蒼い双眼で見つめる。


「あら!?クラウドさん?」


びく、と取っ手を掴む右手の甲に浮き出た血管が引っ込んだ。(壊す所だ)

店の裏手から顔を出したのはこの店の主の細君。

「ああ、いやだよ。こんなことなら待ってれば良かったねぇ」

やっちまった、と片手を額に当てた奥方ははあ、と溜め息を吐いた。

「いやね、うちの人昨夜持病の糖尿でそこの診療所に担ぎ込まれたんだけど…ああ、大した事ないんだよ?ただ、今朝になってから

聞いたんだよ、あの忘れ物の事」

クラウドは店主のふくよかな腹回りを思い出しつつ不謹慎ではあるが胸を撫で下ろした。やはり此処だったのだ。

小さく吐いた安堵の息が伝わったのか、手を口元に遣った中年の女性は少し申し訳無さそうに目の前の青年を見上げてくる。

何やら嫌な予感がした。

「それがね、ちょうどミッドガルに用があるって人が居たから預けちゃったんだ。クラウドさん今日休みだって聞いてたから」

「……」

悪いとは思ったが、クラウドは天を仰いだ。

夕方には着くって言ってたけど、と続けた女性はうーん、と腕を組むと自分の足元を見つめる。

「ほら、うちの人が『あれは賞味期限がある』って騒ぐもんだから、てっきりナマ物かと思って」

「賞味期限…」

確かに、と妙な納得を覚えてしまったクラウドは一気に滅入った。


こんな事になるくらいならさっさと渡してしまえばよかったのだ。

タイミングとか、体裁などもうどうでもいいではないか。

いい加減自分の「カッコつけ」にひどく嫌気が差す。


遠くを見る押し黙った精悍な青年を女性はすまなそうに見つめていた。

実際彼は何とも情けない表情を晒していたが着けたままのゴーグルがそれを隠蔽していた。


「…預けた人間の特徴は?」

普通の人間ならこの時勢、バイクか車。フェンリルでならきっと追いつくことが出来る。

「ああ、クラウドさんの知り合いだって言ってたよ。なんだか綻びたマントの…赤尽くめの人だったね。髪の長い…」

なかなかいい男だったね、と続ける女性の目の前でクラウドは思いきり肩を落とした。


…普通の人間なら、の話だ。


「あ、あれ。やっぱり何かマズかったかい?一応物は袋に入ってたから中身は見えないようになってたけど…」

すまなかったねぇ、と呟く女性に忘れたのは自分だと頭を下げた。

「来るって判ってれば良かったんだけどねぇ…」





エンジンが悲鳴を上げている。

アクセルを全開にしたクラウドは傾き出した陽を背に、ただ前を見据えていた。


夕方…?

アイツなら1〜2時間でエッジだ。


ヴィンセントの移動手段があのマントだとするならひっぺがして燃してやりたい気分であった。


『来るって判っていれば…』


クラウドは急ブレーキをかけた。ロックしたタイヤに振り回される車体を軽々と二の腕で制する。

「……携帯」

今まですっかり忘れていた文明の利器の存在を尻ポケットに感じた。

すかさずそれを取り出し、ヴィンセントの番号を表示させる。

小さな期待は機械的な音声アナウンスにより容赦なく打ち砕かれた。


『お客様の都合により…


…未納、か。


掌の中で罪の無い携帯がみしりと軋んだ。






『クラウド?もう帰ってこれるの?…そっか。え?ヴィンセントは来てないけど』

ヴィンセント来るんだ!と高揚する電話口からのデンゼルの言葉にクラウドは少し安堵した。

「ティファは?」

『あ、さっき買い物に出ちゃった』

そうか、と呟いたクラウドはしばし空を睨むと口を開いた。

「デンゼル、もしヴィンセントが来たら…俺が帰るまで待ってるように、…いや、『動くな』と伝えてくれ」

『動くな…?一歩も?』

「ああ。指一本、だ」

敬い慕うクラウドからの指令はデンゼルに大きな使命感を与えた。鼻息荒くも頼もしい返事が返ってくる。

『よし、任せろ!』

急いで戻る、と付け加えて通信を切ったクラウドは再度愛車のエンジンをうならせた。

「……」

見据えた帰路とは反対の方向から聞こえるファングの足音。

4頭…5頭か。

しかもそれはこちらに向かってくるのではない。離れていく走音である。

ゴーグルの位置を手直しして目を閉じた。


聞かなかったことにしよう


出先で見かける魔物は全て駆除する事を心がけている。…が。

今はそんな場合ではない。

そんな場合ではない、のだ。


ハンドルを握り締めたクラウドはちっと舌打ちをした。


「…くそっ」


アクセルを思いきり開けるとバイクの向きを変え、背なの大剣を掴んだ。







「…子供にはどんな土産物が喜ばれるか教えて欲しい」

「…いくつくらいの子だい?」

随分長い事店内を物色していた不審者―赤いマントでその顔の半分を覆う怪しげな男―が話しかけてきたことで、

雑貨屋の女将は胆を更に引き締めた。世の中にはおかしな人間も多い。疑うに越したことはないのだ。


「……10…」

デンゼルとマリンはいくつであっただろう。

朱の瞳で空を見つめたヴィンセントはぶつぶつと呟いた。

その声が届いたのか、女将の眉間に寄っていた深いしわが解かれる。

「デン…?…ああ!思い出したよ、あんたクラウドさんの所に時々来てる…なんだい?子供たちに手土産かい?」

ころりと安堵の表情に一変した女将を見つめた赤マントの見た目青年(…)は静かに口を開いた。

「…急ぎの届け物があってな」

片手に持ち上げられた小さな紙袋は何処にでもある、この雑貨屋でも使用している普通のそれである。

「そうかいそうかい、ご苦労だね。デンゼルとマリンは、そうだねぇ…」

自分の店の商品を頭の中で見繕っていた女将は あ、と一声発するとヴィンセントの半分しか見えない顔を見遣った。

「今日はあそこ、定休日だから皆で出掛けてるかもしれないよ?」

確かめてから行った方がいい、という提案にヴィンセントは心持ちテンションが上がる。

彼のちょっとしたお気に入りである携帯電話は近頃何故か沈黙を守っている。

ここ数日、あの忍者娘からの小うるさいメールとかいうものすら届かないでいた。

あると煩わしく、無いと物足りないものである。

持っていた「預かり物」を会計台の上に置くと、腰の辺りからそれを取り出した。


「……」


開いた携帯を見つめたまま動かなくなった赤マントに女将は怪訝そうな顔をする。

「…やっぱり繋がらないのかい?あそこは仲がいいからねぇ、帰りは遅く…」

「…電話屋…」

ぼそりと呟いたヴィンセントは羽織を大きく翻すとくるりと踵を返した。

「え…、ちょっとあんたこれ…どうするんだいーー?!」

その背にかかる声は彼の耳に届いては居なかった。







「ティファ!」

暮れ始めた街頭で、後ろから自分を呼び止める聞き覚えのある声にティファは振り返った。

「あら、ジョニー」

優しげな笑顔に昇天しそうになるが、一瞬で地べたに舞い戻ったジョニーは辺りを伺った。おそるおそる口を開く。

「クラウドは一緒じゃないのか?確か今日は公休日だったよな」

ヤツにいきなり斬りかかられてはたまらない。

背後もくまなく確認してからティファに歩調を合わせると、彼女の少し寂しげな表情に気付く。

「うん、今日は別行動。子供たちもまだ宿題終わってなかったからお留守番」

すぐに笑顔に摩り替わったティファにほっとしてその腕に抱えている荷物を見遣った。

「ひとつ、持とうか」

「わ、ありがとう。ちょっと買い物し過ぎちゃって…」

恥ずかしそうに微笑むティファに己の言動を盛大に評価した。

「ジョニーもお買い物?」

大きな買い物袋を手渡しながら、ティファはジョニーが持っている小さな紙袋を目で示す。

「そうなんだ。今日、店のお得意さんに子供が産まれてさ。お祝いにと思ってそこの雑貨屋まで」

「雑貨屋…」

あ、とその足取りをぴたりと止めたティファは忘れてた、と呟いた。

「デンゼルにノート、頼まれてたんだわ」

ジョニーが持ってくれている荷物を見遣る。

退屈にかまけてつい買い過ぎたことを悔やんだ。

その視線に気付いたジョニーが尻尾を振って(無いが)頷く。

「お供します!」

「あ、でも…」

屈託無く笑うジョニーにつられたティファも ありがとう、と笑みを見せた。



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