<SS 55555HIT Whereabouts of ...>


「デンゼル、昨日のズボンのポケットにガラス玉入ったままだったよ?」

「あ!…ごめんティファ。でも良かった、探してたんだそれ」


とある朝の何気ない会話にクラウドは持っていたモーニングカップを握りつぶした。




Whereabouts of ...





「わ、何やってんだよクラウド」

「…え?」

驚いてすっ飛んできたデンゼルに呆けた声で返すと、卓上で粉々になったつい今しがたまでカップの形をしていた物体を見下ろした。

「あ、」

「手、大丈夫?」

ダスターを手にしたティファがすかさずその右手を取り上げ無事を確認する。

「…クラウド?」

されるがままになにやらぼんやりとしている彼の名を呼ぶと、びくっと僅かに身を震わせたクラウドがティファを仰いだ。

「熱くなかった?」

「え?…ああ、大丈夫だ」

見上げてくる虚ろな視線に少し首を傾げたティファであったが、彼のたっぷりとコーヒーを含んだズボンと汚れてしまった床を見遣ると

ひとつ息を吐いた。

「ここは片付けておくから、クラウドは着替えてきて」

「……」

ティファの目線の動きを追いやっと自分の状況を把握したクラウドは すまない、と席を立つ。

その背中に声が掛かった。

「シミになるといけないから急いでね?ポケットも確認する事」

またもやびくっと肩を震わせたクラウドはその足取りを止めた。

「…ティファ」

「んー?」

破片を上手に避けながら卓上を拭き始めていたティファが振り返る。

「なに?」

「今日の洗濯は…もう終わってるんだよな」

「あ、気にしないで。ズボン一本くらいすぐ済むわ」

微笑むティファの返答にクラウドは腕を組んだ。

「いや、そうじゃなくて…ああ、それもそうなんだが…」

なんだか歯切れが悪い。

ティファはダスターを置くと、腕を組んだまま黙り込みどこか空を睨んでいるクラウドの顔を覗き込んだ。

「…どうかした?」

「……」

真っ直ぐに見つめてくる鳶色の瞳をクラウドも何かを探るように見つめ返した。

「……」

「……」

「あ、あの…?」

食い入るような視線に耐えかね、頬をほんのりと染めて目を逸らしたのはティファの方である。

「いや、いいんだ。…着替えてくる」

ゆっくりと階段を上がっていくクラウドの背中を見つめていたティファはモップを持ってきてくれたデンゼルの頭を撫でると

うーん、と首を傾げた。






迂闊だった。


仕事部屋の机の引き出しをひっくり返してみてから寝室に足を踏み入れたクラウドは

掃除の行き届いた整然とする部屋を眺めた。

入り口の柱に側頭部を打ちつけるとごつん、と思いのほか大きな音が響く。

そのまま凭れた。


腕を伸ばし、汚れてしまったズボンのポケットに掌を当てる。


何も入っていない。

…入っているはずが無いんだ。


これは今朝ティファが用意してくれた柔軟材の香り漂う洗濯済みの衣服である。

寝台のまわりをぐるりと見渡すが、塵ひとつ落ちていない木目の床は昨夜夢中で脱ぎ捨てた衣服のことなど

存じ上げませんとばかりに沈黙している。

はあ、と大きな溜め息をつくと腕を組んだ。


いつもはしっかり管理するのだ。

肌身離さず持ち歩いている「それ」は就寝する夜の数時間だけこの身から離れ、事務机の引き出し奥深く眠る事になる。

昨夜のように帰宅後すぐ不慮の事故(?)に見舞われる事も少なくないが、事後速やかにその管理は徹底して行われてきた。

そう、昨夜は迂闊だったのだ。

今日が休日という事もあったのだろう。気が緩んだと言ってもいい。

彼女を解放した明け方、自分もそのまま睡魔に襲われてしまったようだ。

目を覚ました時既にティファは腕の中に居らず、脱ぎ散らかした衣服も彼女に回収された後だったのだと思う。

しかも今の今まですっかり忘れてのうのうとコーヒーまで飲んでいたのである。




己の間抜けさに頭を抱える気にもなれず、クラウドは体勢を戻すと自分の顎を抓まんで状況整理を始めた。

彼女に回収された昨日の衣服は滞りなく家事を遂行するその手によって『洗濯前のポケット確認』なるものに晒されたであろう。


「……」

先程のティファの表情を思い返してみる。


いつもの彼女だった。(そして可愛かった)

もし「あれ」に気付いているとするなら、もっと何らかのリアクションがあってもおかしくない。


ということは。


「入っていなかった、…か」

クラウドは着替えを済ませると装備を整えた。


前日の朝、引き出しから取り出し定位置に押し込んだ記憶は確かである。

その後の配達ルートを頭の中で辿りながら階段を駆け下りるとその勢いと出で立ちに驚いた風の家族とかち合った。


「あれ?クラウド今日休みじゃなかったの?」


マリンの大きな瞳が一瞬で翳る。

週に一度の家族の休日。子供たちもいろいろと予定を立てていたのだろう。

悪い、と不満げに見上げてくるデンゼルとマリンの頭を撫でる。

「急用なんだ。埋め合わせは必ずする」

その向こうでやはり怪訝そうに見つめているティファにも視線を投げた。

「大事な用なの…?」

大事すぎる。あれは…。

クラウドは深く頷いた。

普段あまり感情を表に出さないクラウドの澄んだ蒼い瞳に見え隠れする焦りは容易く彼女に伝わる。

小さく息をついたティファは緩く笑み わかったわ、と頷いた。

「気をつけてね」

多くを詮索しようとしない彼女の気遣いがひどく沁みる。痛いくらいだ。

ごめんな、とその頬に掠めるようにキスを送って家を後にした。






落とす。

最悪の事態であるがそれは無いと思った。

余程ポケットに穴でも開いていればそんな事もあるかもしれないが、生憎ティファの面倒見は衣服に至ってもかなり良い。

ならば、己の手でそこから引っ張り出した時だ。


思い当たる記憶を辿りつつ、フェンリルの速度を上げながらクラウドはハンドルを握る手に力を込めた。






「ああ、降りだしてきたね」

受け取りの伝票にサインを貰ったクラウドは店主が呟いた言葉に窓の外を伺った。

あっという間に激しい雨粒がそのガラスを打ち始める。

ご丁寧にも稲光りがそのシャープな線を描く精悍な頬を照らした。

「どうせ通り雨だ、すぐ止むだろうからどうだい?ちょっと休んでいくかい」

雷光に溜め息をついたクラウドに小さな喫茶店の恰幅の良い主はコーヒーを淹れる。

奥さんのよりは劣るだろうけど、と小銭を出そうとしたクラウドを制した。

「雨の日サービス」

人の良い笑顔に少し頬を緩めたクラウドは温かいカップを受け取ると、小さく会釈して店の一番隅の席に腰掛けた。



熱いコーヒーに口をつけ、一息つくと荒れ狂う雷の音にびりびりと鳴動する窓枠を見つめてから店内の時計で時刻を確認した。

そろそろ開店の時間だ。

後は帰路に着くだけなのにと灰色に一変した外を恨めしげに見遣りながら、今は遠く離れた我が家を思うと胸に小さな灯がともる。

今頃ティファはきっと忙しく、それでも楽しそうにくるくると動き回っているのだろう。


ふと自分の左手がポケットの中に眠る「それ」に衣服の上から当てられていることに気付いた。

彼女の事を思う時、その行動は無意識に行われているようだ。

「…」

もう随分長いこと送り先に辿り着けないでいる小さな箱の中身は、彼女の左手薬指にサイズを合わせた…指輪。

最近、こうやってその存在を確かめる事だけで妙な安堵を覚えてしまう自分が居ることに焦りを覚えている。

「運び屋失格…だな」

クラウドはカップを卓上に置くとポケットからそれを取り出した。

見つめるだけで穴が開くというのなら既に跡形無くなっているであろうその箱を目の前にかざす。


別に、必ずしも何かの「形」に囚われる事が全てではないと思っている。

こんな物が彼女を自分に繋ぎとめる為に必要かというと、

そんなことも無い、と思う。


自分の想いも、彼女の想いも。

それは確かな物として、既にこの胸に在る。

それでも、敢えてこれを用意した理由は。



『…ありがとう…』



ティファや子供達に「家族の証」として贈ったあの指輪を手にした時の、彼女のえも言われぬ表情とその言葉を鮮明に覚えている。

女性には少しゴツい、己の趣味丸出しのそれを受け取ったティファは、なんとも言いがたいとても嬉しそうな笑みを見せた。


俺は馬鹿だ。


瞬時にそう思った。

女性に指輪を贈る。その意味をその時初めて理解したように思う。


どうしてこんな指輪なんだ。

どうしてこんな指輪に、そんな幸せそうな顔をするんだ。


嬉しそうにサイズを考慮しながら右の薬指にそれをはめるティファを見ながら己の軽率さをひどく呪った。



彼女は、また喜んでくれるだろうか。

何を今更、と笑うだろうか。


いや、彼女はきっと。


クラウドは深い溜め息を吐くと目の前にかざしていた箱を卓上に置いた。






置いた。

そこまでは覚えている。

飛び掛ってきたファングをバイクの速度を変えることなく一刀両断したクラウドの目は定めた目的地を遥か前方に捉えていた。


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