A Gift for Lonely Santa -1-




白く冷たい綿がすべてを覆い隠す静かな村も。

粉砂糖で飾られたデコレーションケーキのような都会の街も。

そして、雪など知らない常夏の地でも。

その夜はそりに乗ったサンタクロースが空を翔る。

良い子は勿論、そうでない子だって。

まだ見ぬサンタを信じて、とっておきの靴下を用意して。

きっと訪れる幸せな朝を夢見ながら、眠りに落ちる―――。




「お、来てくれたねクラウドさん!いやぁ、助かったよ」

玄関口でにこにこと向かえるその家の主人に、どうも、と短く答えて。

サインを受け取った後、届け物の中身の確認を求める。

「そんなもん、クラウドさんなら間違いないって」

そうは言うが、そういう訳にもいかない。

普段なら確認など求めたりはしないが、これは子供が楽しみにしているプレゼントなのだから。

「いや、でも……俺の勘違いってこともあるし」

「律儀だなぁ、あんたも。ま、そこまで言うなら、念のため、な」

人の良さそうな主人は髪をわさわさと掻くクラウドを面白そうに眺めてから、届け物の包装を解いて中身を取り出した。

「ああ、間違いない。うちの息子が“サンタさんに頼むんだ”って言っていたやつさ。こんな田舎じゃ絶対に手に入らないし、さてどうしたもんかと頭を抱えていた時、

あんたの顔がふっと浮かんでな。配達のついでにエッジのデパートに寄ってくれたらって思ったんだ。……考えてみりゃ、随分と我が侭な客だよな?本当に申し訳ない」

「…いや、同じような依頼は多いんで」

クラウドは愛車のシートに積まれた数々の届け物に思いを馳せた。

ここ1年でかなりの様変わりを見せたエッジの街には、大人だけでなく子供も目を輝かせるものが溢れている。

実際、デンゼルやマリンの欲しいものもそれとなく探り、早目にモールで手に入れていた。

包装紙などで疑問を抱かれないよう、夜遅くにクラウドが買ってきたものをティファが改めてラッピングし直したり、そんな気遣いも必要だったけれど。

そして、そんな都会の売り物は手に入らない土地の親たちは、可愛い我が子の欲しがるものを何とかクリスマス・イヴまでに用意したいと、知恵を絞る者もいる。

その多くが、今や各地で名が通るようになったストライフ・デリバリー・サービスに依頼を寄越してきたのである。

大人たちにとっては苦労が伴う、けれど子供たちにとっては夢の詰まった贈り物は、今こうしてクラウドの手によって運ばれていた。

こんな依頼を受けるようになったのは、10日ほど前だったか。

想像もしていなかったその数の多さに、1日や2日では回りきれないことは明らかだった。

「えー?5日もいないの?!」

「イヴにクラウドがいないんじゃつまんないよ!」

どう見積もってもイヴまでは配達に追われることを知った子供たちの膨れっ面は、思い出すたび頬を緩めずにはいられない。

彼女の方はある程度予想していたのか、その瞳が陰ったのはほんの一瞬のことだった。

ひょっとしたら、子供たちの手前、気遣ってくれたのかも知れないけれど。

「25日にはクラウドも戻ってくるから。そうしたら皆でパーティしようね?」

「……うん」

「……分かったよ。何時ごろ帰ってくる?」

「イヴの夜は船が出航しないから、朝一番の便でコスタを出る。…そうだな、上手くすれば夕方には戻れるかも知れない」

サンタさんじゃなくてお父さんがプレゼントを用意するのは、その家の子が悪い子で、サンタさんが来てくれないからなの?

配達依頼の応対もしているマリンに無垢な瞳でそう問われた時、咄嗟のことで上出来とは言えない説明をした。

親代わりとは言え、娘には子供らしく夢を見ていて欲しいと思う。

そんな気持ちは自分も目の前の主人も一緒のはず。

そして、そんな夢のために自分が必要とされているのなら、出来る限り請け負いたい。

そのせいで家族に犠牲を強くことが良いのか悪いのか、答えは最後まで出せずに、しょげている子供たちの頭を優しく撫でてやることしか出来なかったけれど。

「クラウドさんが都会暮らしで助かったよ。……家族皆でこっちに帰って来いといつも誘っておいて、勝手な言い草だがな」

快活に笑う主人につられるように笑みを零し、クラウドは軽く頭を下げて別れを告げた。

今やデリバリー・サービスの常連客となったその家の左隣には、彼女の生家、そしてさらには自身の生家が、未だ空き家のままひっそりと佇んでいる。

帰って来い。

そんな声が何処からともなく聞こえてくる気がした。

「お義父さん、ティファは元気でやっていますよ」

婚約報告に訪れた際の胸の痛みを、忘れてしまった訳ではない。

忘れられるはずもなかった。

けれど、ここへ来るたび、故郷の空気の美味しさ、そこに暮らす人々の温かさ、そして家族がいるという心強さが、その傷を少しずつ、確実に浅くしてくれている……そう感じられた。

「母さん、今日は先を急ぐけど……また近いうちに来るから、寂しがるなよ」

走り去るフェンリルの軌跡を辿るように、ここニブルでも今年何度目かになる雪の華が舞い降りていた。

ロケット村に最後のクリスマス・プレゼントを届けた頃、すでに辺り一面は白く閉ざされた世界に変貌していた。

すっぽりと綿帽子を被ったシエラ号を、ここからも眺めることが出来る。

ただ、イヴの夜にこんな場所で一人宿を取っているなどとシドやシエラに気づかれようものなら、決して放って置いては貰えないだろう。

普段ならまだしも、一家水入らずの特別な夜に邪魔をするほど無神経にはなりたくない。

だからこそ、シドに配達予定を知らせることもしなかったし、あえてハイウィンド家の視線を避けるように宿の場所を選んでいた。

こじんまりとした宿の一室に足を踏み入れ、ひとまず背中の大剣を外して壁に立て掛けた。

いつもなら感じない、ずしりとしたその重みが腕に応える。

剣帯、そして肩当てを適当に放り出し、白く息が凍る部屋を暖めるべく、古めかしい暖房器具に火を入れた。

簡素なベッドに無造作に座り、一息つく。

どっと押し寄せる疲労感に瞼を下ろすと、まだ夕刻にもかかわらず睡魔がそこまで手を差し伸べている気がした。

思い直して目を開ける。

このまま眠ってしまう前に、ティファや子供たちの声を聞いておきたい。

ポケットから取り出した携帯を開き、ワンプッシュでティファに繋いだ。


『はい、クラウド?』

「ああ、……今ロケット村の宿に着いたところだ」

『うん。お疲れさまでした。ねえ、そっちは雪降ってる?』

「ああ。すっかり冬景色だ。子供たちが見たら喜びそうだな」

『雪合戦とか…?』

「うん、雪だるまとか、な」

頭に浮かぶのは、小さなティファが雪にまみれて村の仲間たちと転げまわっていた姿ばかり。

「ティファと一度……」

『うん?』

「……あ、いや」

一度で良いから、あいつらみたいにティファと走り回ってみたかった。

妙な自尊心を捨てて、気持ちの赴くままに。

口にしても仕方のない言葉をぎりぎりの所でごくりと飲み下す。


「今、何してた?」

『クリスマスケーキ用意してたところよ。マリンがトッピングを…』

電話の向こうでデンゼルの声がしたと思った途端、声の主が突然変わる。

『もしもしクラウド?!元気してた?』

「デンゼルか。…ああ、なんとかな」

『なあ、そっち雪積もってるんだよな?いいよなぁ…俺、雪なんてミッドガルとかエッジの積もらない雪しか見たことないし』

「ああ、そうだったな。…今度皆で来れば良いさ」

『ほんと?!連れてってくれる?』

「ああ」

約束だ、と言いながらも、あの癖っ毛を撫で回してやれないのがもどかしかった。

『ちょっと待てってば、俺まだ話すことが…』

「……?」

『クラウド、マリンだよ!独りぼっちで寂しかったでしょ?』

騒がしくなったかと思えば、今度は娘のまるで親のような台詞が耳に響く。

「そうだな。……やることもないし、静かだし。賑やかなお前たちがいないとこうも寂しいもんかな」

ころころと照れたような笑い声が聞こえ、こちらも誘われるように喉を鳴らして笑ってしまう。

『ねえクラウド、今年もサンタさん、うちに来てくれると思う?』

「…どうしてそんなこと聞くんだ?」

『ティファはね、あたしとデンゼルが1年間良い子だったから来てくれるって言うんだけど。クラウドにも聞いておきたかったんだ。二人とも同じ意見なら、心配しないで眠れるもん』

口が大人びているマリンでもそんなことを気に掛けているかと思うと、自然に口元が綻ぶ。

「大丈夫だ。保証する」

安堵の溜息を遠くに聞きながら、ごろりと横になった。

ベッドに身体ごと沈んでいくような倦怠感に任せて、目を閉じる。

暫く続いた子供たちの電話の奪い合いは、温かな幸福感をもってさらにクラウドを眠りへと誘った。

『…クラウド?』

「……ああ、ティファ」

『眠くなっちゃったの?』

「………ん」

『無理もないわね、働きづめだったんだから。ゆっくり休んで、……もし後で目が覚めたら、電話してね』

「……そうする」

おやすみなさい、という彼女の優しい声を最後まで聞くことはなかった。

携帯が手から滑り落ちるとともに、眠りの中へ落ちていくのは、それからあっという間のこと……。


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