<SS Worry and learning>
人とは悩む生き物
悩んで
悩んで
学んでいくもの
Worry and learning
「キス、しようか」
長い、長い沈黙を先に破ったのはクラウド
吹き付ける冷たい夜風を避けた岩場の陰で
互いの体温、なによりその心の温もりを求めてどちらからともなく寄り添った
…あの、寒くて暖かい夜
「…キス、しようか」
神妙な表情で見下ろされて、返答に困る自分にもう一度発せられた言葉は胸の奥で鳴り響く拍音と共に耳の中で踊った。
先刻までのそれとは明らかに様相を変えた沈黙が心地いいと感じた私は不謹慎だろうか。
ただ、狂ったようにはためく心音が触れ合った肩先から彼に伝わりませんように、とひたすら祈っていたのを憶えている。
澄んだ綺麗な魔晄色の瞳を僅かに揺らしながら、普段と同じ、顔色一つ変えないクラウドを憎らしいとさえ思ったことも。
「…キス…しようか」
閉店後の後片付けも終わり、帳簿をつけていたティファは隣のスツールで酒を啜っているクラウドの形の良い唇に見惚れていたことに気付く。
そして、その持ち主がゆっくりと、驚いたような表情でこちらを振り向く様をぼんやりとみつめていた。
「…したいのか?」
…何が?と聞き返そうとして、つい今しがた心の中で呟いたはずの言葉が勝手に口から漏れていたことを、
彼の返答から推測するまでに少し時間がかかった。
動きを止めたままのペンを握る手とは反対のそれを口元にあてたが、かなり遅い。
「俺は構わないけどな」
片手に提げていたグラスを早々に手放すとその手があっという間に燃え出した頬に触れ、ティファは慌てた。
「や、あの…ち、違…」
憐れな言い訳の言葉はティファの口から出ることを許されなかった。
もの言いたげな艶やかな唇は一瞬の後にクラウドに塞がれていたからだ。
「…ティファは、変わらないな」
唇を離し、頬を染めたまま俯いているティファにクラウドがぼそりと呟いた。
「真っ赤だ」
くく、と喉を鳴らして笑うクラウドを悔しげに見上げる。
「クラウドだって…変わってない」
「そうか?」
落ち着き払った端正な顔を、やはり憎らしい、と思う。
「…すました顔しちゃって。…あの時だって…初めてだったのに」
口調が拗ねた子供のようだ、と自分でも判っている。
「…あの時?」
少し不思議そうな表情を見せたクラウドは先刻のティファの言葉を自分の記憶と繋ぎ合わせたようだ。
「ああ…」
スツールから降りると、ふっと優しい笑みを見せる。
「俺も…変わってないな」
ふいにのびてきた腕に抱き寄せられた。
ずっと捕らわれっぱなしだ、と耳元で呟かれ、ティファは更に熱くなる頬をクラウドの胸に押し付けた。そしてまた、気付く。
ああ、そうだった。
ふふ、と笑いを漏らしたティファの頭を自分の胸に抱え込みながらクラウドが続ける。
「…変わってない、だろ?」
あの時も。
あの時も、こうやって
何度も何度も唇を重ね合わせた後、抱きしめられた。
そのとき初めて知ったのだ。
耳にダイレクトに届く、自分のものではない、明らかに速度を増した鼓動。
…安堵したのを、思い出した。
急に、ぷっと吹き出したティファをクラウドが首をかしげて促す。
「…最初に、鼻があたったのよね」
「…あー…」
くすくすと笑うティファから居心地悪そうに視線を外し、天井を仰ぐクラウド。
「…勢いで、歯も当たったな」
俯いて盛大に肩を震わせていると髪を梳いていた手が耳の後ろを通り、顎を捕らえた。
見上げると、優しい色をした瞳がぶつかり、また彼の唇が降りてくる。
優しく、深い、キス。
甘美な熱が頭の中心でじわりと広がる。
「…こっちは慣れたんだけどな」
ぼんやりと潤む視界でクラウドが悪戯っぽく舌を覗かせた。
「舌入れても怒らなくなった」
「!!…も、もう!クラウド!?」
振り上げた腕は難なく彼のそれに捕らえられ、魔晄の色を僅かに濃くした瞳に射られる。
「ところで、」
一度言葉を切ったクラウドは少し考えた後、続けた。
「…もちろん責任はティファが取ってくれるんだよな?」
責任?
首をかしげるティファに口端を少しあげたクラウドはカウンターの上に開かれたままの帳簿を閉じた。
「誘ったんだろ」
「さ…///」
不敵な笑みを浮かべながらも、逃げようの無い腕の力にティファは抵抗を諦めることにした。
…ぐずぐず言うと、ここで押し倒されかねない。
力の抜けた体をクラウドは愛しげに抱きしめる。
「初めてだな」
貴重な体験だ、と何故か嬉しそうに呟く彼の首に腕を絡ませながら、
待ってたくせに、という言葉を喉の奥にしまいこんだ。
まあ、…そういう事にしておいてあげてもいいか、と考える。
キス、しようか
この言葉が、また私の「初めて」に追加されるのだと思うと、
少しだけ笑みが零れた。
FIN
某所にてやはり愛する方に差し上げたお話。
決戦前夜はキス止まりな我が家のお二人。
歯が当たって黙り込むお二人。
…い、イヤンv(悶え)←お前やっぱおかしい。
クラウドのヘタレ具合がそこはかとなく。