<SS Rest>
Rest
久しぶりの快晴。
屋上に干した洗濯物が暖かい日差しを浴びて緩やかにはためく様を玄関先から見上げ、
口元を綻ばせたとたんに催した欠伸をティファは慌ててかみ殺した。
思わず周りをきょろきょろと見回す。
別段、彼女が昨夜眠っていないことを誰が気にする訳でもないが、まだ昼前の通りに人影はまばらだ。
ほ、と息を吐き、少々頬を染めながら仕入れてきた野菜が顔をのぞかせる買い物袋を片手に抱えなおすと
ティファは店の扉を開錠しようとして少し訝しげにその扉を見詰めた。
(開いてる…)
掛け忘れた覚えは無い。急速に思考が研ぎ澄まされるのを感じた。
この家の鍵は家族しか持って居ない。デンゼルもマリンも既に学校へ行っている。
クラウドに関しては…まずバイクが停まっていない。
空き巣…。
そこまで考えてティファは鍵をエプロンのポケットに仕舞うと呼吸を整えた。
ドアノブに手をかけ、そっと音を立てないように開ける。
しん、と静まり返った店内は、朝彼女が片付けたままの様相を崩さず整然としたままだ。
…2階。
天井を見上げ、耳を研ぎ澄ます。物音は無い。
住居へと続く階段のとばくちに視線を移して、彼女は緊張の糸をぱらりと解いた。
「……もう」
大きなため息を吐くと店の卓席に紙袋を置き、階段の下に落ちているそれを拾い上げる。
グローブだ。
見上げると階段の途中にまたその片割れが落ちている。
ティファは両手を腰に当てると短い息を吐き、それを拾いに階段を上がっていった。
拾い上げて見れば上がった先の廊下には思ったとおり彼が仕事に身に着けていく装備品が転々と転がっている。
それは開け放たれたままの寝室の前まで続いていた。
「クラウド」
それらを全て拾い集めたティファは寝台で突っ伏している青年の名を呼んだ。
「子供達に示しがつかないっていつも言ってるじゃない…」
手にした装備をまとめてサイドボードの上に置くと反応の無い彼の眠る寝台に近寄る。
すうすうと寝息を立てるあどけない寝顔に、仕事はどうしたのか、バイクはどこに置いて来たのかなどの
様々な疑問がふわりと掻き消えた。
面と向かって言えば彼はきっと落ち込むであろう言葉を心の中で呟く。
…可愛い。
少し硬い髪質の透き通るような金髪。引き寄せられるようにそっと触れるとその長い睫が僅かに震えた。
ゆっくりと切れ長の瞼が持ち上がるのにそう時間はかからなかったのだが。
「…ただいま」
言葉を投げかけられるまでぼんやりとしていたことから自分が彼に見蕩れていたことに気付かされる。
思わず頬がかっと熱くなった。
「あ…お、おかえりなさい…」
おかしい。
施錠もしない、外した装備は散らかす、、、怒ろうと思っていたのに。
見上げるように緩く微笑む彼に用意していた言葉が見つからない。
つくづく自分はクラウドに甘い、と思い知った。
「…具合でも悪いの?」
結局そんな言葉が紡がれる。
「いや…眠いだけ」
伸ばされた腕。
つい一歩後ずさってしまったことに一瞬だけ不思議そうな表情を見せたクラウドはくく、と喉で笑った。
「…何もしないから、おいで」
ぽんぽんと自分の隣の位置に当たる場所を彼は柔らかく叩く。
ティファは思考を巡らせた。
その言葉が本当だった試しがあっただろうか。
更に伸ばされた腕。
桜色に頬を染めたティファがまた更に一歩下がるとクラウドは少し拗ねたような口調で
信用無いな、とぼそりと呟いた。
「だ、だって、まだお買い物仕舞ってないし…」
ぼそぼそと言い訳めいたことを口にすると彼が目線を上げる。
「…生モノ?」
「あ、ううん。お野菜…」
じゃあ平気だ、と半身を起こした彼ににとうとう腕を捕らえられてしまった。
引き寄せられ、あっという間にその腕の中に囲われてしまう。
「だ、だからダメだってば…!」
押しのけようとしてもその腕の力に敵うわけが無い。
「何もしないってさっきから…そんなに反応されると逆に期待されてるのかと思うぞ」
うぐ、と暴れるのをやめるとクラウドは肩を揺すって笑い出した。
「…もちろんご要望なら頑張るけどな」
「ば、ばかクラウド…!」
振り仰いだ額にその薄い唇が押し付けられ、反射的に瞳を閉じる。
温かい感触。
暖かい腕。
今朝替えたばかりの洗い立てのシーツの匂い。
「ティファもあまり寝てないだろ…このまま一緒に、少し寝よう」
抱え込まれ、押し付けられた硬い胸板から聞こえてくる落ち着いた鼓動と聞きなれた穏やかな声。
ふあ、と欠伸をする彼の言葉はきっと嘘ではないのだろう。
ティファは強張らせていた体の力をふ、と緩ませるとこの上ない暖かさに身を預ける。
本来、彼の腕の中に取り込まれることは幸せ以外の何ものでもない。
力強い腕も、強引ではあるが抱き締められてしまえばため息が勝手に漏れてしまうほど安堵する。
「…俺はさ、」
直接肌に伝わってくるゆっくりとした鼓動を無意識に数えていたティファはぼんやりと彼の言葉に耳を傾けた。
「こうやって…ティファのこと抱きしめてるだけでも、充分幸せなんだ」
ティファは顔を上げて優しげに自分を見下ろしている綺麗な碧色の瞳を見詰め返した。
まるで今日の澄み渡った青空のようだ。
「…うん、クラウド」
微笑みは互いに自然に零れる。
いろいろするのも幸せだけどな、と付け加えたクラウドを一気に火照った頬で睨むと
「またその顔だ」
吹き出した彼に、もう!と言いかけて、またこの言葉だわと考えるとつい一緒に笑ってしまった。
肩を揺らして笑う彼に言いようの無い愛しさが込み上げてくるのを止められない。
その頬にそっと手を添えて、少し伸び上がると薄い唇へちゅ、と口付けた。
一瞬、驚いたような表情を見せたクラウドはすぐにお返しとばかりに軽いキスを見舞う。
「…私が先」
「…やったな」
「…もう」
「……」
「……」
くすくすと啄ばむようなキスを与え合っているうちに次第、言葉少なに、その内容も深く、濃くなってきたことに気付く。
「……………」
「……………」
「…寝よう、な」
「う、うん」
再度ぎゅっと抱え込まれてあたたかい胸に顔を寄せると、
頭の上でクラウドが何だか長く深いため息を吐いたが聞こえない振りをした。
少しばかり早まっていた鼓動も次第に落ち着くと、心地良い腕の中で睡魔は驚くほど急にやってきた。
そういえば…。
うとうととした思考で先程言葉にしようと思っていた事を今更思い出した。
「…今日のお仕事は…?」
これほど張り合いの無い声は自分でも聞いたことが無いと思ったが、なんだかどうでもいい。
「ん…キャンセルになった…。昨日までの長雨で…引き継ぐ物資が上手く届かなかったみたいだ」
既に目を閉じていたクラウドもやはり張り合いの無い声色でぼそぼそと呟いた。
「…バイク…は?」
「……整備しようと思って…裏に」
「脱ぎ、散らかし…禁止」
「…悪い」
優しく髪を梳かれて、閉じかけた目をもう一度あげると
うっすらと開いた揺らめく魔晄色の不思議な煌めきに出会う。
でももう、このぬくもりに太刀打ち出来ない。
とろりと途切れていく意識の中
最後に耳に囁かれた言葉は
好きだよ、ティファ
返事が出来たかどうかは、あまり覚えていない
あたたかな日差しに包まれた
ある平日の
幸福
FIN
たまにはガマンできるのクラウド。
人間の三大欲のうち二つ、どちらが優勢かを問うてます(違)
…お昼寝です。
公式認定に浮き足立つことこの上なく。
嬉し涙も枯れることなく。