<SS Joy>




君の喜びは

俺の喜び


ありがとう ありがとう ありがとう



君が生まれた朝に





Joy





「クラウド」

朝日の差し込む寝室でその名前の持ち主はシーツを抱え込むように纏って眠っている。

「ねぇ、まだ起きなくていいの?」

応えるどころか、静かな寝息を立て続ける彼の隣に腰を降ろしたティファはその寝顔をまじまじと見つめる。

あどけない、子供のような寝顔。

ほんの数時間前まで見せていた「男の顔」など今は微塵も感じさせない。

脳裏に焼きついたそれが一瞬頭を過ぎり、思わずかっと熱くなった頬をティファは慌てて両手で押さえた。

子供たちももう既に登校し、この家には他に誰もいないと言うのにきょろきょろと辺りを見回す。

「も、もう…」

そんな自分の行動にはたと気付き、未だにすうすうと眠り続けるクラウドが急に憎らしくなってその形の整った鼻を

きゅっと抓り上げた。

「…ん〜…」

僅かに眉を寄せた彼は小さく呻いたが指を外すとまた寝息を立て始めた。

「…ねぇったら、お仕事は?何時に出るの?」

気持ち良さそうに眠るクラウドを起こすのは可哀想だと思ったが、きっと出る前にシャワーも浴びるだろう。

朝食を抜くのは体に悪い。心を鬼にしてティファはそのシーツからはみ出している肩を揺すった。

「……み」

ゆさゆさと揺さぶられていた彼の唇がうっすらと開く。

「え?」

「…今日、休み」

クラウドは目も開けずにぼそりと呟いた。

「あ…ごめんなさい」

休みと言う言葉に小さな嬉しさと期待感が胸に沸き起こるのと同時に眠りを妨げてしまった罪悪感がそんな言葉を紡がせた。

しかし、知っていたら、と思う。

「昨日のうちに言ってくれれば起こさなかったのに…」

少し口を尖らせて言うから言葉は不満気に聞こえる。

クラウドはゆっくりと目を開けると未だぼんやりとした寝起きの表情で見上げてきた。

「言ったよ、昨夜…」

「え?いつ?」

見上げる綺麗な魔晄の瞳はうっすらと霧のかかっているであろうその思考と相まってか、やけに甘く見えた。

視線を合わせているのが妙に気恥ずかしくなってくる。

「…聞いてない、よ?いつ?」

昨夜は帰ってきたクラウドにいきなり押し倒されて…話をする暇などなかった筈だった。

眠気のためかと思われていた瞳の甘やかさがだんだんと増してきて、あまつさえ口端までが上がってくると

ティファは勝手に心臓が早くはためき出すのを止められない。

あ、嫌な予感。

「…最中」

とたんに音を立てるように顔に火が点いてしまった。

すかさずシーツの中から腕が伸びてきて立ち上がろうとした腰を捕らえられ、あ、と思う間に組み敷かれてしまう。

その反応の速さに、この人はさっきまで本当に寝ていたのかしらと真っ赤になった頬のまま頭の隅で思った。

「…その顔、反則」

「ちょ…っと、クラウ…なにやっ…!」

首筋に口付けられてびくっと肩が竦む。そのまま舌が這い始めると押さえ込まれているびくともしない両手を悔し紛れにぎゅっと握り締めた。

「こら!やめて、よ…っ」

「聞こえて無かったよな。ティファ…余裕無かったみたいだし」

耳元で昨夜のことを思い出させるような言葉を囁かれると恥ずかしさで泣きたくなってくる。

「も、もう!クラウド?!怒るわ…」

むぐ、と言葉ごと唇を塞がれて。

頭の奥の方で何かが溢れてきてしまったら。

どうにも、ならない。

「もう…」

「…その顔が悪い」



生まれつきよ、とその背中に解放された腕を絡めた。








二度目の幸福な惰眠の中で細い旋律が遠くの方から聞こえる。

クラウドは目蓋をゆっくりと持ち上げると自分が一人だということを確認した。

朝日の差し込んでいた窓は半分ほど開かれ、時折吹き込む風にカーテンがゆるく煽られている。

部屋の明るさから朝日だった太陽が今は高い位置にあることが知れた。

隣である子供部屋から聞こえてくる旋律は昨日のうちに運び込まれたであろう、ピアノが奏でているものだ。


クラウドはもう一度目を閉じた。そのままその調べに身を委ねる。

この曲は知っている。

昔、よく隣家であった彼女の部屋から聞こえていた曲だ。

毎日、毎日。同じ時間に奏でられたその曲を、毎日、毎日彼女の部屋に一番近い部屋の窓を開けて床に座り込んだまま聞いていたものだ。

懐古的な想いには少々甘酸っぱさが残るが、心地良いものだった。

故郷のことをこんな風に思い出せるようになったことに僅かながらの己の成長を感じる。

…彼女は、どうだっただろう。

ピアノの存在は、彼女のどの記憶を呼び起こしただろうか。

確かに、迷ったのだ。

出先で処分に困っていると相談されたそれは彼女の生家にあったものと同じ、アップライト型のピアノだった。

忌まわしい過去はそこにも簡単に蘇えるのではないか。

しかし、迷ったのは一瞬だけで、すぐに配送の手筈を整えた。

ティファなら、大丈夫だ。そう思った。


そして、今。

こうやって、あの頃と同じように鍵盤に触れている彼女を誇らしく思う…。


流れるような旋律がぴた、と止んだ。

「………」

クラウドは目を開けた。

再度、一小節前から奏でられた音は、また同じところで不協和音と共に止む。

「……」

次は二小節前から。

「…」

…やはり止まった。

クラウドはこみ上げてくる笑いを抑えられずに吹き出した。







「おっかしいなぁ…」

両手の指をぷらぷらと振ったりこきこきと鳴らしてみたり。

「やっぱりブランクありすぎたかな…」

独り言を零していると、部屋の入り口の方からくくく、と押し殺したような笑い声が聞こえた。

「…なによ、お寝坊さん」

ドアに凭れ掛かったまま口元を覆っているクラウドを口を尖らせたままじとりと見やる。

「いや、悪い。…変わってないなと思って」

「変わってない…?」

「あの頃も、そこ…よく間違えてただろ?」

ティファは、目のふちにうっすらと滲んだ涙を拭いながら近寄る彼をまじまじと見つめた。

「どうして知ってるの?」

「…隣だったからな。聞こえてくるんだよ」

クラウドは小さな嘘を吐いたが、それくらいの見栄なら許されるだろう。

「毎日毎日、そればっかり弾いてたもんな?」

「う…弾けないから頑張ってただけよ。でもちゃんと弾けるように…って、そういえば、これどうしたの?」

昨日突然トラックがやってきて、運び込まれたピアノ。おまけにそのあと調律師まで来て。。

昨夜はそのことも聞こうと思っていたのだ。朝だってそうだ。

「買い取ってきたんだ、もう使わないって言うから…言ったよな、昨夜」

ティファは慌てて言葉を遮った。

「わ、わかった。もういいわ、わかったから」



ほんのりと桜色に染まった頬をクラウドは満足げに見つめ、座ったままのティファを後ろから抱きしめた。

「…誕生日、おめでとう ティファ」

「………」

「ティファ?」

黙り込んでしまったティファに、クラウドがどうした、と促す。

「朝一番に、…言ってくれるかなって思ってたのに」

ぐうぐう寝ちゃってさ、と少しむくれた口調にクラウドは目を丸くした。

「言ったじゃないか、一番乗りだったぞ?昨夜…」

「ま、またそれ?!」

みるみる染まる頬にくくく、と震える喉を抑えられない。

「…ほんとに余裕無かったんだな…」

「もう…やだ!」

真っ赤な顔を覆ってしまった両手をそっと剥がして、同い年になったティファの小さな唇に今日何度目かのキスを贈る。

何度だっていい。

どんなに言っても言い尽くせないほどの感謝の気持ちも込めて。


君に、贈ろう




生まれてきてくれて、ありがとう







FIN


誕生日おめでとうティファw
これからもクラウドと仲良くねv


…余計なお世話だわね(くす)

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