<SS I return and defeat it>

今日こそは


今日こそは、やってやるんだから


負けないんだから



I return and defeat it



朝食を終えた子供たちを学校へと送り出し、ティファは片付け物をしながらぼんやりと考えていた。

住居である二階ではクラウドが仕事に向かう準備をする物音が微かに聞こえている。

今日は、お得意様の依頼で遅刻は厳禁。彼もそれは承知しているので、きっかりと予定通りの時間に起床し、

迫る出勤時刻に着々と準備を進めているはずだ。


今日しかない。


ティファはよし、と唇を引き結んだ。

自分がこれからする行動に少しだけ心臓が早めにはためく。

こんなんじゃダメ、と深い深呼吸を何度か繰り返した。







それは二週間ほど前のこと。

久しぶりにウータイからユフィが泊りがけで遊びに来てくれた日。


「行ってくる」

洗い物をしていたティファはいつものようにクラウドに後ろから抱きすくめられ、やはりいつものようにびくっと体を竦ませた。

「…ちょ、クラウ…」

服の上から上体を指がなぞり、一気に頬が熱くなる。

「もう!クラウド!!?」

真っ赤になった頬を見つめてからクラウドは満足気に口端を上げるとふふん、と鼻を鳴らし、颯爽と店の扉を開けて出て行った。

「い、いってらっしゃい…」

彼が消えた扉を頬を染めたままぼんやりと見ていると、

「…アタシのことなんか最初っから居ないものって感じ?…ったくアイツは」

一部始終を卓席で見物していたユフィは憤りというより呆れたような口ぶりで、けっ、と悪態を吐いた。

「いつもこう?」

大げさに頬杖をつくと半目でニヤリと口端をあげた忍者娘は愉快そうにティファの反応を待つ。

「ま、毎日ってわけじゃ…」

いや、毎日だ。ティファは言い淀んだ。嘘の吐けない生真面目な気質は生来のもの。

知れず、また頬が熱くなる。

「・・・っかーーー!ごちそうさん!あーやだやだ。アイツが毎日いい思いしてるなんてサ!お天道さんが許したって

このユフィちゃんが許さないね!…そうだ、たまには怒れば?」

「お、怒ってるじゃない」


「へ?あれで?!」

苛々と手足をバタつかせていたユフィがぴたりと動きを止め、これは心外とばかりにその愛らしい大きな目をさらに丸くした。

「(こりゃダメだ)…わかってないな…ティファのあんな顔見られるんならアタシだって毎日ちょっかい出すっつーの」

「も、もう!ユフィ!!」

真っ赤な頬で睨んでくるティファに、びしっと人差指を突きつけた。

「ほら、それ」

愉快そうにけけけ、と笑うユフィ。ティファはどうしようもなくなった熱い頬を濡れたままの両手で包み、仕方なく俯く。

「…ぃよし!!ここはユフィちゃんに任せなさい!題して『オトナなティファにガックリしょんぼりクラウド大作戦!』だ!」

ユフィはすくっと立ち上がり、その軽い身のこなしですすす、とティファに近寄った。

「な、なによ、それ」

いかにもこれは悪巧みですといわんばかりの奇妙な笑みを浮かべるユフィに、ティファは少しあとずさった。

「アイツはサ、この恥ずかしいです、って顔見て喜んでんだよ。なんつーの?好きな子は苛めたいって言うじゃん」

「そんな…子供じゃないんだから」

「アイツはガキだよ!しかもただのガキと違ってヘンな所の知識と行動力があるから性質が悪い!」

うぐ、と詰まるティファに、ああ腹が立つ、とユフィは続ける。

「だからサ、そうだな…ちょこっとガマンして余裕見せてやんなよ。はあ、とか溜め息なんか吐いてやってさ、

『もう時間じゃないの?』なんて返されちゃったら…」

しょげるクラウドの顔を想像してユフィはざまぁみろ、とほくそ笑んだ。

「で、でもなんだか悪いわ…お仕事に行く前なのに…」

「それがいけないんだよ!ティファはクラウドに甘過ぎんの!好き勝手させておちょくられてばっかりで悔しくないの!?」

鼻先にびしっと指を突きつけられてティファは身じろいだ。

「それは…く、悔しいけど」

言い終わる前にユフィがたたみ掛ける。

「ほらみろ!そうだろそうだろ!?このまんまじゃ女の名が廃る!たまにはあの『ふふん』を返してやれ!」











二階の部屋の扉が開く音がした。


もうすぐ、降りてくるわ。


ユフィのあの安直なタイトルのついた考えに少しは賛同を覚えるティファはもう一度深い深呼吸をする。

たまには彼を驚かせるのもいいかもしれない。からかわれるのも、信用されている証拠だとは思うが、

これでも負けず嫌いなティファである。

そして、やるといったらやるのが信条なのだ。

触られるくらい何よ、昨夜なんかもっと…と自分を奮い立たせるつもりが間違えてしまった。

ふるふるとおかしな思考を振り切るように頭を振る。

よし、と気合を入れると再び皿を念入りに洗い始めた。




「ティファ」

背後に足音がゆっくりと近づく。

「行ってくる」

両脇から伸びてきた腕にティファは身を硬くした。抱き締められて、今だ、と思った。

(溜め息よ、はあ、って、盛大に。『オトナなティファ』よ)


「…は、…ぁ」



ティファは驚いた。

息を吐こうとした時にちょうどクラウドの指が剥き出しの腰に触れ、何やら妙な声になってしまったからだ。

背中に感じるクラウドの体がびくっと震えるのが伝わった。


(や、やだ、間違えた)


自分でも吃驚するぐらいの甘すぎる声は窓から差し込む柔らかな日差しの爽やかさに、あまりにも似つかわしくない。

我慢していたはずなのに、ぼん、と顔に火が点いてしまった。

失敗だ。

恥ずかしくて涙が出そうだった。

どうすることも出来なくて、そのままじっとしていたが、体を抱いたまま身動きしようとしないクラウドを不振に思い、真っ赤になった頬のまま仰ぎ見る。

彼は硬直していた。

鳩が豆鉄砲をくらった時の顔なんて見たことは無いが、きっとこういう顔のことを言うのかもしれないとティファは思う。

なんだか判らないが、別の効果があったらしい。

兎に角、恥ずかしさで滲む視界のまま声を振り絞った。

「あ、あの…時間、が」

用意していた言葉は動揺でうまく出てこない。

「あ、ああ」

クラウドは合っていなかった焦点をその綺麗な魔晄色の瞳に取り戻すと時計と店の扉とティファの顔を順番に見やった。

ゆっくりと腕が解かれ、体は自由になったがヘンな緊張で二人ともぎくしゃくと出口へと向かう。

「え…と、その、い…いってらっしゃい…」

どこかぼんやりとしたままの表情のクラウドは扉が閉まるまでこちらを見ていた。

いっとき、逸る心音に止まれとばかりに胸を抑えていたティファは少しして彼の愛車が高らかにエンジン音を響かせて走り去ったことを確認する。

頬は未だ熱く、なんだか足も僅かに震えているようだが、とにかく両手を腰に当てて

「ふ、…ふふん」

と言うことに成功した。

なにやら方向は少しずれたようだが、彼を驚かせたことに間違いは無い。

「私だって…やればできるんだから」

少しだけ口端が上がった。



しかしこの時のティファは知らない。

本日のクラウドの仕事先は今のところそのお得意様一件だけであり、行き先はここエッジからそう遠くないカームであること。

そしてもし追加の依頼が舞い込もうとも彼がつい先程携帯の電源を落としてしまったこと等など。



彼は脅威の速さで帰ってくる。

あの男を甘く見てはいけない。




彼女のその後が心配。







FIN

後が怖い、頑張ったティファのお話。

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