<SS Secret fight>
ティファは唸っていた。
腕を組み、片手で自分の顎をつまんで見つめる先には脱衣籠。
その中の綺麗にたたまれた真新しいパジャマのズボン。
「…うかつだったわ」
一言呟くと、洗面台にあるつい先程開け放たれた浴場からの湯気で少しくもった鏡に目を遣った。
籠の中のパジャマの片割れ、淡いベージュ色をした開襟のシャツを身にまとう自分が己を見つめている。
ひどく狼狽した心情とは裏腹に何だか冷静に見えるのは何故だろう。
鏡の中の彼女ははあ、と溜め息を漏らした。
視線を落とし、パジャマの裾から伸びる自分の素足を見つめる。
さて、どうしたものか。
Secret fight
店を閉め、店内の片付けをして帳簿もつけ終えてからティファは時計を伺った。
「クラウド…今日は遅いのかしら」
カウンターに置いてあった携帯電話を取り上げてみるが、いくら見つめていてもそれは無反応だ。
基本的に彼は所謂「帰るコール」というものをする。
仕事帰りの道すがら、いつも決まった場所から掛けてくるそれは彼の帰宅時間を想定するのにとても役に立った。
その時間に合わせて温かい食事や風呂を用意する事が出来るからである。
うんともすんとも言わないそれを掌に包むと、ティファはもう一度時計に目を向けた。
「お風呂、入っちゃおうかな」
コールがあってからクラウドが家にたどり着くまで大体40分程。
もし今それがあったとしても、充分余裕があるはずだ。
「…よし」
グラスに残っていた水をくいと飲み乾すと、携帯をポケットに押し込んでスツールから降りた。
洗った髪の水分をバスタオルでぽんぽんと拭い、くるりと結い上げたティファは洗面台に置いておいた携帯の時刻表示にちらりと目を遣った。
35分経過。髪をつい念入りに洗ってしまったわりに結構早く済んだようだ。
着信の気配も無い。
ふう、と息を吐いてから用意しておいた着替えに手を伸ばそうと脱衣籠に視線を落としてあら、と声を出した。
しゃがみこんで綺麗にたたまれた、今日新しく買い込んだパジャマを持ち上げてみる。
「ヘンね。確かに…、」
それほど広くは無い脱衣所をぐるりと見回してみるがやはり、無い。
クローゼットの引き出しから「それ」を取り出した覚えはある。
このパジャマとひとまとめにして抱えてきたのだ。
持ち上げたパジャマを胸に抱いたまま、うーんと首を傾げるとひとつ思い当たる節があった。
「そうだ、これの値札取ろうとして…」
寝台に一度、置いた。
…あの時に落としてしまったのかもしれない。
少し考えて、ティファは抱えていたパジャマの上だけを羽織り、ボタンを留め上げた。
子供たちは眠っているが、手洗いなどに起き出すかもしれない。
バスタオル一枚でウロウロするのはあの子達に示しがつかないだろう。
裸で、なんてもってのほかだ。
「………」
なんとなく、それを着けずにズボンを穿く気にはなれなかった。
「すぐだから、いいよね」
パジャマの長めの裾を前後で確認し、よし、と脱衣所の扉を開けた。
風呂上りの肌に少し冷えた空気が心地良かった。ちょっと心許ない部分もあるが、足早に、それでも足音を忍ばせて短い階段をあがる。
寝室の前で一度子供部屋のほうに視線を投げてからドアノブに手を掛けようとして、怯んだ。
それが勝手に開いたからだ。
「…ティファ?」
ティファは部屋から出ようとする見慣れた端正な顔つきの青年が自分の名を呼んだのでオウム返しのように彼の名も呼んだ。
「クラウド…」
帰ってたんだ、と呟いてから脱衣所に置いてきた携帯電話を思い浮かべた。
「おかえりなさい…連絡、くれた?」
クラウドは ああ、と思い出したように自分のポケットを探り、彼の携帯を取り出して見せる。
「電池切れだ」
飾り気の無いストラップにぶら下がった電話がゆらゆらと揺れる向こうで、悪かったと呟くクラウドの視線がゆっくりと下がるのが見えた。
ぴくりとその流麗な眉が僅かに動くのも見えた。
「…いい格好だな」
その言葉でティファはやっと自分が窮地に立っていることに気付いた。
一瞬だけ自分の表情が乱れたように思ったが、すぐに笑顔を貼り付けることに成功。
気付かれてはいけない
頭の奥で警鐘が鳴り響く。
「こ、こういうパジャマなの。新しいの買ったって言ったでしょ?」
少し長めだった丈が功を奏し、その発言に違和感は無かった。と思う。
ふうん、となにやら気の無いように思える返事を返した彼は僅かにその綺麗な色彩の瞳を伏せ、視線を逸らした。
何だか嬉しそうだと思えてしまうのは少しだけ染まったように見える頬の所為だろう。
少々嫌な汗を感じた。
(ま、まずいわ。興味示してる)
ティファはぎこちなく、でも平静を装ってドアの前から少しだけ身を避けた。
クラウドは寝室から出ようとしていたはずだ。都合がいい。
頭の中で彼がこの部屋を出て行った後の行動予定を展開した。それは迅速さを要するものだ。
しかし彼はふいと踵を返すと部屋の中に戻ってしまった。想定外のその行動に思わず声を掛けた。
「あ、あの、クラウド」
ん、と振り返る彼に振り返らないでと心の中で叫んだが、呼んだのはティファである。
「え…と。今、どこかに行こうとしてたよね…?」
どうぞ、と何気なく壁に身を潜ませると先を譲るように片手で促してみせた。
(自然だわ。やるじゃないティファ)
自画自賛に湧く心境を、柔らかく微笑んだクラウドがそれを見事に粉砕する。
「ああ、ティファのおかげでこれの充電思い出したんだ」
またもやクラウドの手にぶら下がった携帯をまるで親の仇とばかりに見つめてティファは先程の自分の発言をひどく呪った。
充電器は…と背を向けた彼を見ながら、ひとまず撤退を考慮する。
少しすれば、クラウドはこの部屋から出て行くだろう。
壁についていた手をそっと離し、そこから歩き出そうとしてふと寝台の下に落ちている「それ」を発見し硬直した。
丸まっているので一目見ただけでは判別し難いが、手に取れば当然判ってしまうだろう。
(ダメ。回収しなきゃ)
ティファはクラウドの立ち位置と「それ」、自分と「それ」までの距離を瞬時に計算した。
気配に欺とい彼だ。気付かれないように拾い上げる事が出来るだろうか。
失敗したら展開されるであろう恐ろしい事態に身震いした。
しかし、あんな物が落ちている事自体気付かれたくない。
ティファは意を決した。
忍ぶように部屋に足を踏み入れる。気配を殺すのは一応得意だった。
だが、やはり侮れないのがこの男だ。
目標まであと一歩、というところでクラウドが振り返る。
心臓が口から飛び出るというベタな心境の中、咄嗟に足元まで迫っていたそれを履いていたルームシューズで踏み潰した。
「…どうした?」
きょとんとしたクラウドのちょっと子供みたいな表情を可愛い、と思ってしまった思考に素早くドルフィンキックを見舞う。
それどころではない。
「え…?あ、ううん」
またも注がれる視線に頼り無いパジャマの裾を両手で握り締めた。
そのまま見つめられると全てを見透かされそうで顔が熱くなってくる。
そんなティファを訝しげに見ていたクラウドは ああ、と気が付いたように頬を緩め、来なくていいのにゆっくりと近づいてきた。
「…忘れる所だったな」
(え…?…わ、もしかして…)
足の下にあるそれの所為で身動きできなかったティファは遠慮なく伸びてきた彼の逞しい腕にその腰を捕らわれびくりと硬直する。
危険なその手の位置に泣きたくなった。
焦燥感に引き攣る頬と、困ったように見上げる潤んだ瞳を別の意味で受け取ったと思われるクラウドは、くくと喉を鳴らすと予想通りの言葉を呟いた。
「ただいま」
もちろんすぐに唇を奪われる。
ティファは動揺する感情を懸命に押さえつけ、おとなしくそれを受け入れた。
ヘタに抵抗すれば、更に彼を煽ってしまうということをそろそろ学習していたからだ。
すぐ後ろには寝台が待ち構えている。…それだけは避けなければ。
やけにそれが長く、熱がこもっている様に思えるのは先程彼が見せた「興味」、…自分のこの出で立ちの所為だろうか。
ゆっくりと離れた唇に安堵し、距離をとろうと俯く顎を更にクラウドが追いかけてきた。
これ以上ないほどの至近距離で見つめてくる魔晄の瞳は限りなく妖艶で、耐え切れずにまた目を閉じる。
(まずいわ、この展開)
「ん…!」
ティファは更なる危険を察知した。
思いとは裏腹につい引き気味になってしまう腰を抱いていた彼の大きな手がわき腹の線をなぞり始めたからだ。
(た、退避…!!)
「く、クラウド!私、用事を思い出したの!」
両手でその硬い胸板をぐいと押しのけると、突然の事に驚いたのか彼の腕はあっけないほど簡単に解かれ、ティファは駆け出してその場を後にする事が出来た。
足の下で存在を主張していたそれを踵を返す折に寝台下の奥へと押しやる事も忘れなかった。
少し強引だったかもしれないと思いながら階下に降りようとする自分の耳にクラウドのぽつりと呟いた声が届く。
「…トイレか」
(ち、違うーーーー!!!)
駆け戻って訂正したい思いを涙をのんで押し留め、脱衣所へと走りこんだ。
さて、どうしたものか。
ここへ戻って来たからといって何か打開策があるわけでもない。
(それどころか…)
ここでモタモタしていれば「長い」と思われてしまうではないか。
「い、イヤだわ」
引き攣る頬におかしな笑みすら浮かんだ。
そう、クラウドが寝室から出てくれれば…。
チャンスはすぐにやってきた。
脱衣所の隣である彼の部屋から物音がしてティファはびくりと身を震わせる。
「あ…」
日常の行動から察するに多分、今日の伝票を整理する為に移動したのだろう。
今だ。
ティファは脱衣所の扉をそっと開けると目的である寝室へ向かう階段までの距離を頭の中で測り、
ふと階段のまん前である彼の仕事部屋の扉が開いたままである事に落胆した。
(もう…なんで閉めないのよ)
身を縮め、ドアノブに両手でぶら下がるようにして首だけ出していた彼女は二の足を踏んだ。
だが、今しかない。
そのまま彼が階下に降りて行ってくれれば万々歳だが…嫌な予感は否めない。
ティファは決断した。女は度胸だ。
少々変だと思われようが、あの難所をまた一気に通り抜けよう。
運がよければ彼は後ろを向いているかもしれない。悪くても、駆け足で追って来ることも無いだろう。
そのまま寝室へ飛び込んで…。
言い訳など、後でどうとでもなるはずだ。
脱衣所からするりと抜け出すと、ティファはあっという間にその「難所」へと辿りついた。
勢いのまま段に足を掛けた時、またもや想定しない事態が起こった。
「何を慌ててるんだ…?」
彼が部屋から出てきてしまったのだ。
(パパ、ママ、エアリス…神様は私のことが嫌いなの…?)
泣きたくなる思いを抱いて階段に掛けていた足を下ろした。
「な、なんでも、ないわ」
「………」
「………」
嫌な沈黙が見舞う。
「…上、行くんじゃないのか?」
先にそれを破ったのはクラウドだ。
「あ、うん…クラウド、も?」
出来れば階下に行って欲しい。
「ん。伝票一枚足りないんだ。上に置いてきた荷物の中に紛れているのかもしれない」
「そう…」
ティファは伝票も呪った。あの紙切れに罪は無い。
「………」
「………」
またも沈黙が襲った。
「…上がらないのか?」
「え?…あ、」
思わずティファはパジャマの裾を押さえる。
その昔、神羅ビルの裏階段を駆け上がった記憶が蘇えった。
「…あの、クラウド…お先に」
その仕草と言葉にクラウドの頬が微かに染まった。彼も思い出したようだ。
「あ、ああ。わかった」
やっぱり見えてたんだ、と彼の後について重い足取りを運んだ。
サイドボードに置かれた荷物をごそごそと探るクラウドの背中を寝室の戸口に立ったまま見つめていたティファは
どうしようか、と小さく溜め息を吐く。
(普通にすればいいのよ。あら、こんなところに落ちてるわ、なんて拾い上げて…)
そこまで考えて、つい先程「それ」をベッドの下に押し込んだ事を思い出す。
なにもしゃがみ込んでまで引っ張り出す必要も無い。
標的をクローゼットの引き出しに変える必要があった。が。
ふと視線を流した寝台の下にちらりと見える「それ」。
思いの他奥へと入り込んでいなかったそれはある程度隠れてはいるが、あの窮地を凌ぐ荒っぽい行動にその形を露にしていた。
(もう、泣いてもいいかな)
戸口の壁に縋ってしゃがみ込みたくなる。
「…ティファ?」
気がつくとこちらを怪訝そうに見つめているクラウドが「それ」の真横に立っていた。
いつまでもそこに立ち尽くしている自分をさすがにおかしいと思い始めたのだろう。何にしても身の毛は総立ちだ。
「どうしたんだ、さっきから…」
「え、あ、…あの」
動揺してつい視線を「それ」に流してしまった。
自分の足元を気にするティファに気付いたクラウドがそこに目線を下げようとする行動が目に入り、焦りは頂点に達する。
「だ、ダメ!!!!」
ティファはクラウドに飛びかかった。
「うわ、」
突然の事に、体勢を崩した彼はティファを抱えたままその場に転倒する。
「ご、ごめんなさ…」
クラウドの体の上に馬乗りになる形となったティファは上体を起こして凍りついた。
床についていた片手を転倒の際にサイドボードへとしこたま打ち付けた後頭部に遣るクラウドの
その指先に引っ掛かっている、モノ。
その違和感に気付くクラウドが先か。
奪い取って逃げるティファが先か。
頑張れ、ティファ
FIN
た、隊長ー!目標、敵に奪われましたー!!(泣)
頑張ったティファのお話です。報われたかな?
…どうでしょう(笑)
もちろん、気付かれてから奪い取って逃げる、が最有力候補で。
いやあ、走って逃げたって、ねぇ。
追っ手は手強そうです。あはうふv
はー…。…またやっちゃった。