<SS Alone, and Together>
かち
かちん
無機質な音と共に
闇に灯る小さな赤い炎
かち
冷たい夜風に煽られて
一瞬で掻き消えるライターの灯り
だから
かち
もう一度
かち
…もう一度
照らしたいのは
見失いかけている自分の「強い」こころ
もう、見ることの叶わない彼の…「本当の」こころ
Alone, and Together
「また来てくださいね、気をつけて」
最後の客の千鳥足を戸口まで出て見送ったティファはふう、と息を吐いた。
閉店の札を掛けるとその扉を閉め、施錠をする。
「さて、と」
彼が帰って来る前に後片付けをしてしまおう。
店内を見渡し、残っていたグラスをひとまとめにして、卓上にぽつんと置かれているそれに気付いた。
手にしていたグラスをそっとテーブルに戻し、僅かな時間それを見つめる。
「……」
誰かが忘れていったのだろうか
小さな青いライター。
手を伸ばしかけて、蘇える記憶に一瞬途惑う。
そんな自分に気付いて少しだけ口元を緩めた。
「ティファちゃ〜ん、火!」
「…え?」
その日初めて来店した男は短めの煙草を口に咥えると真向かいのカウンター内にいるティファに ん、とそれを突き出して見せた。
火を点けてくれと言っているのだ。
「え…と」
躊躇していると、隣のスツールに居た常連客が苦笑いした。
「おいおい、火くらい自分でやりなよ」
「なんでだよ。いいじゃねぇかこれくらい」
男はちゃちゃを入れてきた隣の客へあからさまに嫌な顔をする。
「あのな…ここはそういう店じゃ…」
男に向き直り、少し口調の変わった常連客にティファは慌てて口を挟んだ。
「あ、あの、いいんですよ。ちょっと待ってくださいね」
憩いを求めて来店してくれるお客に束の間だけでも気分良く過ごしてもらおうとやっている商売だ。
煙草の点火に手を貸す事くらいサービスの一環として受け止めても構わない事ではないか。
こんな事くらいで客同士が嫌な思いをするのはどうかとも思う。
ティファは磨いていたグラスを作業台の上に置くと、カウンターの上にあったその男のライターを拾い上げた。
「どうぞ」
かちりと音を立てて灯った火に片手を添え、腕を伸ばして差し出す。
と。
ふいに脇から伸びてきた大きな手がその火ごとライターを覆った。
「…この店は禁煙だ」
いつの間に入ってきたのだろう、夕方から微熱のあった星痕に病めるデンゼルを部屋で診ていたはずのクラウドが
ティファの隣で同じように腕を伸ばし彼女の手からそれを奪った。
金髪の青年は鋭い視線を咥え煙草の男に向ける。
「…クラウド?」
「な、なんだよ…禁煙て、みんな吸って…」
不思議な光彩を放つ魔晄の双瞳に射抜かれた男は凍りつくような恐怖にいたたまれず、それでも放たれた言葉の不条理さを訴える為に後ろを振り返った。
事の成り行きをなんとなく見守っていた卓席の客達は、クラウドがゆっくりと顔をあげると同時に慌てて持っていた煙草を一斉に灰皿に押し付けた。
間に合わずにそのまま口に放り込んだものもいる。
「な…」
今まで、と呟く男に持っていたライターを放るとクラウドは飄々と言葉を紡ぐ。
「今からだ」
「く、クラウド…!あの、ごめんなさい、大丈夫ですから!」
放心したようにそんな彼を見つめていたティファが我に返り水を打ったように静まり返った店内へ声を放つと、
クラウドは何か言いたそうだったがその目を僅かに伏せ、そのままカウンターを出て住居へと続く階段に姿を消してしまった。
「あ…、」
ティファはその後姿を目で追ったが、カウンターに転がるライターを拾い上げる。
「本当にごめんなさい…」
男は咥えていた煙草を何故か震えの止まらない手にとって箱にようやく戻しながら呟いた。
「い、いや…俺も悪かったよ。俺だって自分の女が他の男の煙草に火をつけるとこなんか見たくねえもんな」
(…自分の、女)
ティファはかっと熱くなった頬を両手で押さえた。
「そ、そんなこと…」
そんな言葉と表情は男の暗くなりかけていた感情を更に貶めた。
「男か…まあそうだよな。こんな可愛いんだもんな」
項垂れる男に隣の常連は深い溜め息を吐くとその背中をぽんと叩く。
「ここに居る奴等、皆一度は通る道だ。…その酒奢ってやるからさ。元気出せ」
言いながら目線をティファに送り、その動きで階段の方を指し示した。行ってやれ、と顎が動く。
気付いたティファは小さく頭を下げると足早にカウンターを後にした。
眠っている子供達に気を遣って慎重に階段を上がりきると、僅かに開いている彼の仕事部屋の扉に手を掛ける。
灯りは点いていなかったが、気配があった。
「クラウド…?」
事務机の前に立っていた後ろ姿の彼は顎を少し上げたが、すぐに俯く。
呼ばれたからといって必ずしも言葉で返事を返す彼ではない。
躊躇いがちに部屋に足を踏み入れ、隣まで近寄るとその左手を取り上げた。
「…見せて」
扉から差し込む廊下の明かりにかざすとその掌の真ん中が僅かに赤くなっている。
先刻のライターの火が原因だという事は判っていた。
されるがままに黙って俯いていたクラウドが口を開く。
「…悪かった。余計なことをして」
ティファはその赤みにそっと指を這わせた。
「…ううん。…ありがとう、クラウド。…でも、」
どうして?
次に紡ぐはずの言葉に躊躇する。それは今のティファにとって触れてはならない、冒してはならない一線に足を踏み入れる事になる言葉。
困惑していると手にしていた彼の掌が腕を掴んだ。驚いて顔をあげると同時にぐいと抱き寄せられる。
ふわりと香る彼のにおい。
途端に踊りだす心音。
ぴたりと添った彼の硬い胸板が鳴動しているように思え、気にして上体を反らせたティファは肩口に伏せられていたクラウドの薄い唇を眼前に捉える。
それは躊躇無く自分のそれに降りてきた。
階下での雑多な喧騒が己の胸の鼓動に掻き消される。
「…っ…」
深い口付けに、まるでここだけが別の空間であるような錯覚さえ覚えた。
どうして?クラウド
毎夜彼に抱かれるたびに沸き起こる感情。
自分の女
彼は、きっとそんな風には思っていない
『一人で飲みたい』
差し伸べた手を振り払われてしまったあの日から
ずっと胸に燻ぶるくすんだ想い。
彼は、生きようと努力していた。
私と、家族と。
でも、どこかで歯車が合わなくなってしまった
ぎこちない空気は今も側に居て
いつでも私たちを呑み込もうと待ち構えている
きっと、私では駄目なのだ。
そう、思う。
なのに。
どうしてこんなことをするの?
これじゃまるで…あなたのものみたい
角度を変えようとする唇の隙間から酸素を求めた。
激しく過ぎる行為の間なら躊躇い無く縋りつける背中。
…こんな時には腕を回すことすら出来ない、臆病なこころ。
ゆっくりと離れた唇。僅か3センチの曖昧な距離ともどかしい沈黙。
『私は、あなたの…何?』
…聞いちゃ駄目
怖い
また拒絶されたら?
怖い、
…怖い。
だから、俯いて。
怯えるこころを悟られないように
目を閉じてしまおう。
彼のためらう表情が瞼に焼き付いてしまわないように
未来を彷彿とさせたあの「笑顔」がそれに摩り替わってしまわないように
彼が家を出て行ったのは、そのすぐ後だった。
あの時、あの客が置いていったライターを
今夜も独り冷たい夜風に灯し続ける。
かちん
灯った小さな炎を目の前にかざす。
暖かさに手を伸ばせば火傷を負う赤いぬくもりと、あやふやなまでに透ける青い情熱。
まるであの頃の彼のようだ。
それは吹かれた風にまたあっという間に消える。
ふ、と可笑しくなった。
「ほんとに…クラウドみたい」
久しぶりに口にした彼の名前に思わず息を止めた。
抉られるような痛みに、片手で心臓をぎゅっと押さえる。
思えば、あれが最後のチャンスだったのかもしれない。
何も判らないまま、…判ろうとしないまま
掴み切れずに一瞬で掻き消えた大きな、存在。
ティファは喉の奥に詰まらせていた息を吐いた。長く。
あの時もし、言葉にしていたとしても結果は変わらなかったんだろう。
現実、彼は私の元を去ったのだから。
そういうこと、だったのだ。
手にしたライターを両手で握り締めた。
どこにいるんだろう。
ううん、私は彼の行き先をきっと知っている。
かちん
灯したライターを小さく揺らした。中のオイルがゆらゆらと踊る。
「…早く、なくなればいいのに」
風に煽られてなびく炎が滲んでぼやける。
自分が泣いている事に、随分時間がたってから気付いた。
「ティファ」
急に呼ばれてティファは手元に落としていた視線を上げた。
目の前に不思議そうな表情で覗き込む、深い蒼。
「…ただいま」
少し間をおいて発せられた言葉に、自分がしばらく彼の顔に見入っていた事に気付かされる。
「…あ、おかえり、なさ」
意識を浮上させたティファはスツールから立ち上がりかけたまま返事を途中で遮らなくてはならなかった。
言葉ごとその出口をクラウドに塞がれたからだ。
「…熱は無いな」
「…っ!ね、熱は額で測るものでしょ」
口元を片手で覆ったティファは一気に茹で上がった。
「こっちの方が手っ取り早い。…お望みなら腋下測定もするぞ」
染まった頬に満足気に口端を上げたクラウドは悪戯っぽくその舌先を覗かせる。
「け、結構です!」
思わず両脇を引き締めてその肩を抱きしめた。本当にやりそうだから怖い。
「…それは?」
右手に持ったままだったライターに気がついたクラウドがそれを顎で指し示した。
「あ、うん。…お客さんの、忘れ物」
ふうん、と鼻を鳴らす彼がティファの手から受け取ると目線を落としてしばしそれを見つめる。
「…また頼まれたのか?」
「…え?」
「タバコの火」
「あ………」
心臓が跳ねた。
覚えて、たんだ
言葉を飲み込んでしまったティファをどう見て取ったのかクラウドは盛大に舌打ちをした。
「…どいつだ」
「…?」
「息も吸えないようにしてやる」
「く、クラウド!」
今にも外に飛び出していきそうな彼の腕を慌てて引っ掴んだ。誰、とは言わずともライターの持ち主を嗅ぎ当ててしまいそうだ。
「もう…」
ティファは両腕を伸ばしてその首に絡める。
「ティ…」
自分からの行動に少し驚いたような声が耳元をくすぐった。
しかしすぐにその背中を覆う両腕に安堵する。
「…もう、するなよ」
きつく抱きしめられて囁かれた言葉に少し間を置いてうん、と頷く。
それはあの時彼が言いたそうだった言葉だと思ってもいいだろうか。
「ね、クラウド」
「ん?」
「…私のこと、好き?」
耳元で呟くと一瞬、息を呑む気配がしたがすぐに吐き出された。
「…好きだ」
「…本当?」
顔を上げて覗き込むように確かめる。
「気が狂うくらい、好きだ」
微笑めば、少し照れたように俯く彼が愛しい。
「…もっと言って」
「……」
黙り込んで見つめてくるクラウドに、ちょっと我が儘がすぎたかなと急に襲ってくる羞恥で目を逸らすと突然身体が宙を舞った。
「ちょっ…クラウド?」
「足りないんだろ?…補充する」
部屋で、と呟く彼の力強い腕に耳まで熱くなったがなんだか抵抗する気も起きなかった。
きゅ、とその首にしがみつくと階段を上がる足取りが止まる。
しばし考えるようにしていたクラウドが耳元でなにやら呟いた。
「…な…!」
ティファは言い淀んだが、詰まった喉をゆっくりと開放させる。
我が儘を訊いてもらったら、返すのが道理だ。
「…好きって100回言ったら、…いいよ」
これ以上ないくらいに火照りあがった頬でぼしょぼしょと言葉を紡ぐと、嬉しそうな笑みを満面に湛えたクラウドの足取りが早まった。
「…よし。100だな」
言いそうだ。
「ま、待って…やっぱり100、万回」
慌てるティファをちらりと見遣った彼は口端を上げた。
「カウントしろよ」
忘れかけていた独りきりの長い夜をまたこの胸の奥に仕舞い込んでおこう。
いつかまた、思い出すことが出来るように。
もう、迷わないために。
あの頃からひとつも変わってなどいなかった彼のぬくもりを
今夜もこの身にしっかりと刻み込もう。
二人きりの夜はきっと、もっと長い。
FIN
クラティ熱再確認の為にAC前を少し…と思ったらなんだかぐだぐだと。
ティファ視点だからクラウドが悪い男に見えてなりません(笑)
設定としてはプロローグの終盤、クラウドがティファに「なにもかも大丈夫だと思わせる笑顔」(だっけ?)を見せた後あたりで。
柊はあの後クラが星痕発病、と踏んでます。みんなそう?そうですよね?(確認)
クラがどんなおねだりしたのかは知りませんが、100万回軽くこなします彼。
そうそう、お客のタバコの火はガソリンぶっかけてから点火してあげましょうね。