<SS Management>








彼には休息が必要なんだと思う。

本日起こした接触事故も相手の運転ミスが原因だということだが、いつもの彼なら回避できていたかもしれない。

そう思うと何だか身につまされるティファである。





Management





ティファは帰って早々フェンリルの傍らでそのフロントにほんのちょっぴりと付いたキズを見遣っては深々とため息を吐く

しゃがみ込んだままのクラウドの背中に声をかけた。

「イズミさん…呼ぶ?」

『彼』の名前を口にした途端ぴくりと反応を返したクラウドはそのまま振り返りもせずに呟く。

「…自分で直す」

「…もう」

ティファは彼のちょっと拗ねたような物言いにぱっと頬を桜色に染めたが、すぐに思いなおして両手を腰に当てた。

「ダメよ。向こうのトレーラーは大破したって言うじゃない」

相手方がリーブの所の装甲車であったことに『不幸中の幸い』という言葉を噛み締めた。荷台が大変な事になったというが、“走る兵器”同士の事故に

人的被害はなかったらしい。

「……」

押し黙ったままのクラウドに一つ大きめのため息を吐くと、続けた。

「一応、それだけの衝撃は受けてるんだから、ちゃんとメンテナンスもしてもらわなきゃ…私が安心できないわ」

語尾の口調が沈んだことに自分でも気がつく。

言ってから、「待つ」ことの歯痒さにきり、と唇を噛んだ。

毎日彼と共に在る云わば相棒でもあるフェンリルはその彼の命をも運んでいる。後で何かあってからでは遅いのだ。

今回の事も。

並外れた運動能力でクラウド自身こそ無傷であったといえど、こうやって「待っている」だけの身であるティファにしてみれば、

念には念を、彼の身の安全に極力手を尽くしたいと思うのは当然のこと。

「ティファ…」

自然と俯いてしまったティファに気付いたクラウドは一生そのままでいるかのようだった体勢を立て直すと立ち上がった。

ぐいと腕を引き寄せらる。

その胸に抱きとめられてつい辺りを気にした。

宵闇とはいえここは店の前、屋外である。少し躊躇したが、ぴたりと添った硬い胸板から伝わってくる「命」の音に深い安堵を覚えたティファは

ほの暗い路上に人影の無い事を祈りつつ、彼の背中にしがみ付いた。

「すごく…心配したんだから…」

「…ん」

こめかみに薄い唇の感触。

「…悪かった」

耳元で呟くクラウドの低い声。腰にきつく回されていた腕の力が片側だけ解かれ、大きな手が頬を覆う。

「あ…」

彼の長い指が顎にかかり、上向かされてティファは焦った。さすがに外でそれは。

「ま、待ってクラウド」

何とか彼と自分の間に腕を割り込ませることに成功し、降りてこようとしたクラウドの唇を揃えた指先で塞いだ。

「バイクの修理が先。明日、困るでしょ?」

「…」

不服そうな表情を見せる彼に ね?と首を傾げて見せると口元を覆われたクラウドは僅かにその碧色の瞳を伏せ、諦めた風情で腕の力を抜いた。

ほ、と息をつくティファは次の瞬間びくっと身を強張らせ、彼の唇に宛がっていた掌を引っ込める。

「な、なな、舐め…っ」

胸元でその手を握り締め真っ赤に染まり上がったティファを尻目にクラウドはふふん、とその舌先を覗かせた。




「…またお預けか」

拗ねたように小さく呟かれた言葉にティファの頬が熱くなる。

渋々とフェンリルのスタンドを上げるクラウドは気がついたように押し黙ったままのティファへ声をかけた。

「遅くなると思う。…先に休んでいてくれ」

「あ、…」

このいつもの彼の気遣いを易々と受け入れたことのないティファではあったが、胸の前でぎゅ、と片手を握り締めると重厚なバイクを押しながら

出掛けていこうとするクラウドの側に駆け寄った。

「あの…待ってクラウド」

立ち止まった彼が ん?と振り返る。

その深い蒼瞳に見据えられてティファは既に染まっていた頬の朱を更に乗算させると鳶色の瞳を泳がせた。

「え、と……クラウドは、疲れてるんだと思うの」

「…?」

「その…ここの所、ずっと、…ちゃんと寝てない、でしょ」

クラウドは何処ぞの方向へ目線を飛ばし、少ししてその言葉の意味を理解したようだ。

真っ赤になったティファに視線を戻すと不躾にもまじまじと見つめる。

「……」

(や、やだちょっと黙らないでよ)

「ほ、ほら、集中力とか判断力とか…睡眠不足って、クラウドのお仕事にとって致命的だと思うのね」

今日の事だって、と付け足した。

「…俺は」

「だから、」

支えていたハンドルから片手をはずすと少し俯いてぽりぽりと後ろ頭を掻くクラウドの言葉を意図して遮る。

そうしよう、と決意したのだ。怯む訳にはいかない。

「だから、今日は私…先に休んでるから、本当に休んでるから。クラウドも帰ったらすぐ…ちゃんと、寝てね?」





あどけなくぐっすりと眠る子供たちの寝顔を確かめたティファは点いたままだった寝台脇の灯りを落とすとそっと子供部屋を後にして

自分も静まり返った寝室へ足を踏み入れた。


さあ、私も眠るわよ


寝る前にこんな気合いがいるものだろうかとも思うが、心中は安眠するには程遠いほど穏やかではない。

出掛けに見せたクラウドの少し落ち込んだような表情が瞼に焼き付いて離れてくれないのだ。

それでも寝台にするりと身を滑り込ませる。

ふるふると頭を振ったティファは彼の定位置である空間を見つめるとそれが随分と広いことに久しぶりに気付いた。

腕を伸ばしてシーツの上をそっと撫でる。冷たい。


…ちゃんとご飯食べたかしら

イズミさんとケンカとか、してないよね


…灯りの点いてない家に帰るなんて…淋しいだろうな


「……」

うつ伏せるように顔を埋め込んだ枕の端をぎゅっと掴んだ。


ダメ。ここで私が挫けたら、クラウドは次のオフまで身体を休められない(おいおい)

それにオフだからっていっても子供たちのために早起きすることだってあるもの

やっぱり、今日はこれで良かったのよ

「夫の健康管理は妻の役目」って八百屋のおばさんも言ってた…


そこまで考えてティファは一人頬を赤らめる。

(やだ…お、夫だなんて)

熱くなってしまったほっぺたを両手で包むとあらぬ方向に飛び火した思考を何とか鎮めた。

はあ、とひとつ息をつくと身体に巻きつけたシーツを抱え込んで丸くなる。


おかえりなさいって、…言えないんだ…


目を上げて時計を見遣れば午前1時。

(ああ、早く寝なくちゃ。帰ってきちゃう)

シーツごところりと寝返りをうったティファはぎゅっと目を瞑った。

「……」

(寝なくちゃ)

「……」

(早く)

もう一度身体を転がす。

「………」

(どうしよう、嫌な予感がする)

寝ようと意気込むと大概眠れないものであり、嫌な予感とは大抵当たるものである。


猛ダッシュするチョコボを1,347匹目数えた所で階下の物音に気付いたティファは落胆した。

(ああ…)

泣きたくなったが上体を起こしてくしゃくしゃになっていたシーツを手早く直し、音を立てないようにもう一度伏せる。

ゆっくりと、忍ばせた靴音が階段を上がってくるそれを耳にしながら最後に一つ深呼吸をした。

(寝たフリ…!)

静かに寝室の扉が開いた。

彼の気配にそれでも小さく安堵する。

硬い靴底が床にあたる音は当然のように近づき、背を向けるように伏せていたティファはその背後で気配が留まったことに焦燥感を覚えた。

まんじりともしない空気が漂う。

規則正しい呼吸がこんなにも大変な作業であることを痛感した。

早まってきた鼓動に息が乱れる。そう思った瞬間、クラウドの小さなため息が聞こえ、その気配が僅かに離れていくのが分った。

装備を外す金属音と衣擦れの音。それを極力抑えようとしている気遣いが感じられる。

こと、と引き出しを引く音が聞こえた。着替えを取り出そうとしているのだろう。しかし聞こえてきた音の位置に焦る。

(ち、…違う。クラウドのはもうひとつ下の引き出しだってば…そこは私の)

飛び起きて引き出しごと攫って逃げたい気持ちを抑えつける。水の泡だ。

後に、それが閉じられる音と違う位置の段が引かれる音がして一応の安堵を覚えた。

靴音が扉へと向かって行き、そっと開けられたそこでしばし留まった気配はゆっくりと廊下へと消えていった。

ボイラーがうなり、微かに響く水音が耳に届くまでティファは「規則的な呼吸」を止める事が出来なかった。。


「つ、疲れた…」

寝台に起き上がったティファは盛大なため息を吐く。

ここまでは完璧だったと思う。だが、欺といクラウドのことだ。この後はどうなることやら。

(そ、そうよ。今が最後のチャンスだわ。眠るのよティファ)

またもやぱたりと横になったティファは瞼をきつく閉じ合わせた。


いつまでも同じ格好で寝てるのも…不自然かも


ころんと背中を寝台につけて仰向けになってみる。

「……」

クラウドが部屋に入ってきた時のことを想像すると瞼が震えた。

先ほど背なに注がれた痛いほどの視線を今度は真っ向から浴びるのだ。

…堪えられない、とまた体勢を戻す。

眠っている時の自分は一体どういうものなのか、誰かを締め上げてでも聞き出したい気分だ。

そうこうしている内に微かなシャワーの水音が止んでしまう。

(うう…)

仕方なく、また深呼吸で息を整えるティファである。



扉がそっと開けられ、自分と同じソープの香りが流れ込んでくるのが分った。

ごとり、とブーツを置く音が聞こえ、またもや背後に緊張感が走る。

心頭滅却。ティファは石になった。

ぎしりと寝台が揺れるとあっけなく砕け散る石。

(な、何?!)

同衾しているのだから、彼が寝台に上がるのは当然の事だ。

僅かに自分の肩が竦んでしまったような気がしたが、呼吸は乱さなかった。

ごそごそと同じシーツに入り込む気配がやむと、しんと静まり返る部屋の空気がいたたまれない。

突然顔のすぐ横でスプリングが沈み込む。

驚いて思わず見開いた目に飛び込むクラウドの筋肉に纏われた厚い胸板。

(や…!)

ぎゅっと目を瞑り、身を強張らせたティファは背後で響くかちりという音と共に瞼の向こうがふっと陰ったことで、

彼が自分の背後にあるルームランプを消したのだと気付く。

(…抱きしめられるかと…思っ…)

はしたない思いに頬が熱を持つ。

どうしてパジャマ着ないのよ、と歯噛みして責任を転嫁した。




「…ティファ」

小さく呼ばれてつい返事をしてしまいそうになる。危ない。

「眠ってるのか…?」

そうだよな、と呟く彼の喉がくく、と鳴ったように思えた。

(…気付かれてる気がする)

既に顔も熱い。そう思うと何だか悔しくなった。絶対目を開けるもんかと瞼に言い聞かす。

「…っ」

指先が頬に触れた。

つつ、と滑るようにそれが唇に到達する。

(や、やめて、私は眠ってるのよ)

緩慢な動きで下唇をなぞる指に上がって行く心拍数。馬鹿みたいに耳に響く己の鼓動は寝台を震わせているのではないかと心配になった。

唇から顎。その線に沿ってゆっくりと首筋へ降りてくる指先に気を取られていたティファは突然ふ、と耳に息を吹きかけられて

心臓が飛び上がる。

(わ、私は…!)

「…眠ってるんだよな」

耳に直接囁くような言葉を注がれて思わずこくこくと首を振ってしまった。

「……」

「……」

堪らなくなったようにぷ、と噴き出すクラウドに真っ赤になった頬はもう隠しきれない。

「お…面白い…」

顔を伏せ、くくくと肩を揺らして笑う彼を睨みつけた。

「ひ、ひどいよクラウド…私…っ」

起こしかけた上体を笑いながらも伸びてきたクラウドの大きな手に制されあっという間に組み敷かれる。

「…眠れなかったんだろ?」

甘い瞳に見下ろされ、言い当てられてぷいと顔を背けた。その首筋に躊躇いなく唇が押し当てられてしまう。

「だ、ダメ…!」

じたばたと抵抗するも、その力には及ばないことは分っていたが今回ばかりは引く訳にいかない。

「ダメだってば…クラウドは、疲れて…」

「…判ってないなティファ」

首元から面を上げたクラウドが俺はさ、と続けた。

「この方が…良く眠れるんだ」

ティファだってそうだ、と付け足されて耳まで熱くなる。

「そんなこ…」

言葉を飲み込むように口付けられ、その暖かさに決意を裏切る心が勝手に安堵してしまった。

「…な?」

したり顔の彼に何も言えなくなったティファは掴んでいたクラウドの腕を解放する。

量より質だ、と睡眠の在り方について説く彼の背中に腕を回しながら


朝、起きられないくせにという言葉を飲み込むティファであった。





FIN



LV99以上という二人の安眠方法…常人とはかけ離れてるようです(コラ)

44000HITを踏み抜いてくださった水葉さんのリクエストで、お題は
「頑張って狸寝入りするティファを、わざといじる(襲う?!)クラウド。ティファが頑張るシリーズで」
でした〜。
最近、頑張ってるのティファ。
喜んで頑張ってもらいたいのクラウド(フフフ…)
月に一週間ほどお休みがあるらしいですけd…ごふごふ。
またもや無駄に長いですが、水葉さんキリ番フミフミとリクエスト、ありがとうございました〜v

末永く可愛がってやって下さいねー!

怪物フェンリル(柊の中で)にキズを付けたWROの装甲車は凄い…。

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