<60000hit SS Give me a smile>




「ごめんなさい!…あああ、こんなに濡れちゃって」

偶然通りかかったセブンスヘブンの店先。

店頭で水撒きをしていたデンゼルに見事な打ち水を顔面に頂戴したイズミはふふん、と顎を逸らす小憎たらしい使い魔をその後

盛大に評価することとなった。

ちょうど表に顔を出したティファが驚いてデンゼルを窘めつつ駆け寄ってきたからだ。

「本当にごめんなさい…」

間近に迫る赤味を帯びた澄んだ瞳。柔らかそうな小さい唇。

ここぞとばかりに見つめていると一瞬ためらうように目を伏せたティファがもう一度顔を上げた。


少し困ったように微笑む神妙な表情が心臓を握りつぶす勢いで網膜にこびりつく。


頬を伝う水滴を優しく丁寧に拭ってくれる白いハンカチは、彼女と同じ甘い香りがした。




Give me a smile





「明日?」

夜も更けた刻、クレイと名乗る相手から単車修理の依頼を電話で受けたイズミは壁掛けの予定表を受話器を持つ手とは反対の

腕を伸ばして指で辿ると同時に眉間に小さく皺を寄せた。

大きな瞳を細めると机上にある眼鏡を取り寄せて翳し、レンズを覗き込む。

「…ああ、悪いがその時間は」

断りの言葉を口にしかけてひた、と黙り込んだ。…クレイ。

「……あの時の、」

すかさず眼鏡を定位置に装着したイズミはその辺のペンを取り上げると躊躇無く予定を書き換えた。

「わかった。必ず行く」


フェンリルのエンジンを取り替えたあの日、セブンスヘブンの隣家から顔を出し興味深そうに自分の手元を覗き込んできた人物。

今度うちのも頼むよ、そう言った男は確かにクレイと名乗った。

通話を終えたイズミは受話器を置くとカレンダーの明日の日付を見つめて僅かに口元を綻ばせる。

この時間なら一仕事終えた後でもまだ店は営業中だろう。

ふと脳裏にあの色素の薄い男の姿が過って何となく言い訳染みてみた。

仕事なら仕方ない事だからな。


『出入り禁止』


クラウドが憮然として言い放った牽制球的な直球を子供染みていると思いつつもまともに受け止めているのは

周りが言うようにヤツが怖いからでも自分が生真面目過ぎるからでも、ない。

眼鏡を外して机の上に放ったイズミはひとつ息を吐くと作業着の胸ポケットを探り、中の布切れを取り出した。

先日の一件で彼女の遠慮を押し切り、洗って返すと半ば強引に奪ってきた白いハンカチ。

「……」

ティファのあの表情が手の中の純白に蘇えった。

「…別に、困らせたいわけじゃ…ないんだけどな」

難しいものだな、と呟きつつ堂々と彼女の店の扉をくぐる明日の自分を思い描いて気分の高揚するイズミである。






「イズミちゃん、もしかして目が悪いのかい?」

既に辺りは宵闇に包まれる中、時折わっと沸く賑やかなセブンスヘブン店内の音をバックに、

大き目のライトでイズミの作業を手助けしていたクレイ氏はぽつりと呟いた。

「ああ、少し」

「やっぱりな。俺ンとこのかみさんもさ、いつもは普通なんだけど細かいモン見るとき目つき怖いんだ」

怖い。

小型バイクの前部に搭載された動力部を覗き込んでいたイズミは眉間に入っていた力をふと抜いた。

途端にボルトの位置が僅かにぼやける。これでは仕事にならない。

小さく息を吐くとまた作業に集中した。

「アイツは眼鏡かけると顔の印象変わるからイヤだっつって…そんな変わり映えする顔でもないってのにさ」

ははは、と笑う依頼主の持つライトがぶれて視界をさらに悪くする。灯かりを無言で手繰り寄せた。

「おっと、すまん。…あんたは眼鏡着けないのかい?」

それじゃ仕事に障るだろう、とレンチを扱う手元を見つめるクレイをイズミはちらりと見遣ってから嘆息混じりに呟く。

「…いろいろ、事情があってな」


男のくせにやたらと大きな瞳が嫌いだった。

子供の頃は特に気にも留めなかったが、所謂思春期という時期に入るとそれが嫌で堪らなくなった。

せめて小さく見せようと目を細める癖がつき、その行為は程無くして視力を奪った。

眼鏡を着けていた時期もあったが、世の中おかしな趣味を持つ人間も少なくないという事に気付いてすぐに止めた。

何があったかに関しては思い出したくもない。


「イズミちゃんなら似合うだろうに。きっと可愛…」

クレイは言葉を飲み込んだ。ぎろりと睨みつけてくるイズミの手元の電動ドリルが何故か怖かったからである。


からん、と隣家であるセブンスヘブンの扉が開き、イズミは無意識に音のした方へ顔を向けた。

「ありがとうございました。あ、足元気をつけて…」

酔っ払った客を店先で見送るティファからは上手い具合に立っている柱の死角になってここは見えないのだろう。

「また来て下さいね」

綺麗に口角を上げた唇。無敵の笑顔をバイクと柱の陰から目を細めて盗み見たイズミは片手をぐっと握り締めた。

よし。

「…イズミちゃんて…」

さっきから馴れ馴れしく「ちゃん付け」で呼ばれる腹立たしさも今はもうどうでもいい。

人間とは幸せを感じた時、いくらでも人に優しくなれるものである。

「ティファちゃん狙いか」

ごとり。

思わず取り落とした電動ドリルを二人して目で追った。

あちゃー、と少々広めの額を片手で覆ったクレイは まあそう焦りなさんな、と呟いた。

「この辺の男共は大体そうだからさ、…でも相手がクラウドさんじゃねぇ、仲いいんだろイズミちゃん」

仲がいい?

路上に転がっていた商売道具をやっとの思いで拾い上げたイズミはぴくりと動作を止めると、灯かりを照り返しながら

ぼんやりと霞むソケット部を見つめた。

ツライとこだね、と続ける隣の男の声が遠くなる。

「…でも安心したよ。ほら、なんつーかうちのヤツとかがさ、あんたはクラウドさん狙いだとか…」

確かにクラウドのバイクを診るようになってからこうやって単車の修理を依頼されることが多くなった。

『クラウドの』という付加価値要素が大きい事は否めない。

大きな動乱も既に語られるのみとなり平穏な日常を取り戻し随分となる昨今、商売柄軍事に携わる事の少なくなったこのご時世に

それは有り難いことと言ってやってもいい。だが。

「い、いやほら、最近よく一緒に居るところ見かけるし…女ってさ、そーいうヘンな事で騒ぎ立てるんだよいい歳こいて何考えてんだか…」

考え込むイズミの隣で何やら自分の発言に一人狼狽する男は少しいじけた少女のように愛らしい瞳をふっと伏せるエンジニアに言葉を切った。

「…私はクラウドが要求する時だけ、上手く利用されているだけだ」

「ああそう…え、?」

ティファには会わせない、使い魔は小賢しい

かと言ってフロントに傷が付いたのギアの調子が悪いのオイルが手に付いたの…ああ、そういえばそろそろオイル交換の時期だな

イズミは少し遠くを見つめるとあの『走る兵器』を思い浮かべて頬をほんのり紅潮させた。

何だかんだ言って自分はあれにかなり惚れ込んでいるのだ

持ち主の性格が少々歪んでいたとしても、あれは…

「だが…あれはもう私無しではどうにもならないカラダ(ボディ)なんだ」

「は、はい?!」

かなり改造したからな。

急におとなしくなったクレイが夜店の金魚のように口を開閉させている事に気付いた頃、聞き慣れた声が降ってきた。

「…何の話だ」

足元に先日交換したばかりのフェンリルの前輪を見とめたイズミは顔も上げずにちっと舌打ちをする。

「う、うわ、クラウドさん」

代わりに顔を上げたクレイが口元を引き攣らせてびく、と引いた。なんだこの反応。うわ、とか言われて近所付き合いも悪いのかこの男は。

「何しに来た、と言いたい所だが…そろそろ頼もうと思っていたんだ」

オイル、か。

抜くから手伝ってくれ」

フェンリルを片手で支え、後ろ頭を掻きながら気まずそうに蒼い目を逸らすクラウドをイズミはまじまじと見上げた。

時々コイツはこんな表情で人を騙すのだ。断わる、という選択の道をさくりと絶つ。

普段の態度が横柄な分、そのギャップは無駄にずるい。

無意識にやっているとするなら一種犯罪的だ。

後でな、と修理中であるバイクを顎で示すと地べたに座り込んでしまっていたクレイがあたふたとイズミの道具を掻き集め始めた。

「い、いや、こっちはあとカバー締めるだけだしオレ出来るから、い、いいよ」

蓋も閉められないほど乱雑に詰め込まれた工具箱をぐいと手渡されてイズミは首を傾げる。

「いいのか?」

「あ、ハイ。その…ごゆっくり

クラウドも少し首を傾げたが 悪いな、と呟くとゆっくりとフェンリルを押し出した。

「じゃあイズミ、裏で」

そ、外で?!と何やら声の裏返るクレイに小さく会釈したイズミもその後に続いた。

的確に誤解のみを招く会話の応酬を正すものはその場に誰一人居ない。




つい今しがたまでの予想では一人でそこに立つはずであった暖かい灯かりの漏れるセブンスヘブンの店先。

脇にあるガレージを兼用する裏口へ続く軒下の手前でクラウドがぴたりと足を止めた。

「…持ってきたのか?」

工具なら見えているだろう。

イズミは片方の眉を上げるとこちらを見ようとしない男にしては綺麗に整いすぎているクラウドの横顔を見つめてその言葉の意味を探った。

「デンゼルから話は聞いている」

ああ。

自分の胸ポケットに忍ばせている、隅々までアイロン掛けも施した「純白」に意識が集中する。あの小悪魔め

年貢を納める農民の気分を噛み締めながら彼女のハンカチを取り出そうとするイズミを いや、と片手を上げたクラウドが制した。

「確認しただけだ。…返すと約束したんだろう」

そうすればいい、と目線を落とすクラウドが『漢』に見えた。なんだ、盗るぞ。

「クラウド…」

「俺もそこまで鬼じゃない」

言いながらもハンドルを掴む手に力が篭もる様を見とめてイズミがふ、と口元を緩めた時。

「あら、クラウドおかえりなさい…イズミさん?」

軽やかな足音と共に店の扉を開けたティファの姿を仰いだクラウドの手元でハンドルが有り得ない方向にひしゃげた

それも私が直すのだろうか。

一緒だったの?とクラウドに小さく首を傾げる彼女は次いでイズミに向き直った。

「この間は本当にごめんなさい…風邪引いたりしなかった?」

申し訳無さそうに細められる紅茶色の澄んだ瞳は店の窓から零れる暖色系の灯かりに照らされて目映い。

「着替えてくる」

ティファの神々しさにやられているとクラウドがひとつ息を吐いてひん曲がったハンドルを気にも留めずガレージへ足を向けた。

「ティファ」

あ、とその姿を目で追う彼女を呼び止める。

「はい」という返事はその育ちの良さを伺わせた。

戻した首を僅かに傾けて真っ直ぐに見つめてくるティファに五臓六腑が劇的な活動を始めるのがわかる。

「これを返しに来たんだ」

ひどく煩わしい拍動に己の声さえ掻き消されそうであったが、なんとか衣服からハンカチを取り出した。

「あ…」

清らかなハンカチの上にそれに負けないくらい白い指が重なる。

「本当によかったのに…。かえって気を遣わせちゃったみたいだね」

ありがとう、とにっこり微笑むティファにその500倍くらい有難さを感じつつその笑顔を海馬に刻みつけた。

流れの整った細い眉。

ほんのりと桜色に艶めくちいさな唇。

すらりと流れるように天に向かう長い睫。

それに縁取られた光を弾くひとみの虹彩を無意識に数えていたイズミは次第にその瞳が翳り始めたことに気付いた。

「あの…」

ついには伏せられてしまったその表情はあの時見た「ためらいの顔」。


困らせるつもりはないんだ。

笑っていて欲しいんだ、今みたいに。

どうにもならない、願いなのだろうか。


「あのね、」

ふいに顔を上げたティファの瞳には何らかの光が戻っていた。

少し安堵したイズミはそのままティファに両腕の肘の辺りを掴まれて驚く。

「私、ずっと思ってたんだけど」

そこで言葉を切った彼女は急にきょろきょろと辺りを伺い、人気の無い事を確認するとまたイズミの目を見つめてきた。

体中の穴という穴から狼狽を噴き出していたイズミは脳天に移動したかのような心臓の音を選り分けるようにしてティファの言葉を待った。


「イズミさんの好きな人って…クラウド、だよね


ぷつん

限りなく極細の何かが弾ける音がしてよく聞き取れなかった。


何、?


「いいの。私、その…そういう事情には結構理解があるの」


事情、?


「昔やってたお店、6番街にも近くて…いろんな人が来てたから」


ウォールマーケット…てどんな所だっただろう


「デンゼルとクラウドは…なんだかヘンな勘違いしてるみたいだけど、私には分かるの。隠さなくていいわ」

勘違いは誰がしているんだ?私か?

狼狽しすぎたイズミは両腕を掴んでいるティファの細い腕を掴み返した。

「ま、待ってくれティファ。どうして…」

しかし勢いに乗ったティファを止められるものはこの世界血眼に探してもどこにも居ないのである。

「さっきも思ったけど、クラウドを見る時のあなたの目…すごく自然で優しいわ」

どうでもいいからな。あんなヤツぼやけてたって太陽は東から昇る。

確かに気を抜くと自分の目は阿呆みたいに…愛くるしい。

だからといって別にクラウドだけをモザイク扱いしていたわけではないのに。

ティファの瞳にまた小さな翳りが映った。少し俯く。

「私を敵対視したくなるのも…分かる。嫌だよね、好きな人が他の誰かと一緒に居るなんて…」

目だ。

この視力だ。

彼女の全てをこの目に焼き付けたいと為していた自分の「目つき」が如何なるものであったか、イズミは初めて顧みて脱力した。


「でも勘違いしないで。悪いけど…私も譲る気は無いの」


誤解の要因に飽和しすぎて立ち尽くすのみとなったイズミの心を知り得もしないティファは一転、凛とした鳶色の強い瞳を伴なわせて

顔を上げる。


「この想いが、私の全てだから」


イズミさんもそうでしょう?

ぽや、と桜色に染めた頬でそう聞いてくる彼女に途切れそうな意識が勝手に頷いてしまいそうになるのをコケンとか言うヤツが

押し止めてくれたがティファはあの極上の笑顔で言った。


「お互い、頑張ろうね」


一体どんな頑張りをアイツに披露してくれるというのか。


考えるだけで全ての不幸の始まりである諸悪の根源から涙が零れそうだった。

こんな時ばかり何かしてやろうという気が起こるらしい。余計なお世話だ。


「イズミ!」

遅い、と裏口から上がったクラウドの声に目を向けたティファがふと掴んでいた腕を手放した。

拳をきゅ、と握る。


「…負けないんだから」



それはイズミが今までに見た中で彼に向けられた最高の微笑みであった。






FIN



誰かティファを止めてやって(笑)
いや止めずに見守って何やらイイ思いをするクラウドを妄想してやってください。

60000HITを踏み抜いてくださったりゅあさんのリクエストで
「イズミさんネタを再び(*≧△≦*)!内容は何でも良いです!暗くなければ!! ちょっと我が儘を言わせてもらえればイズミさん視点で!!
で、良い所は最後全部クラウドに持って行かれてちゃうけど、「私は諦めない!!」的な感じで!!」
というモノでしたv
…毎度ながらおかしな仕上がりですね(ぇ
イズミちゃん、あまり可哀想にしたくないという親心です(いやもう充分…)
いろんな誤解が氾濫しておりますが、結局クラウドとティファは無敵ということで。

イズミちゃん、きっと諦めないと思…うよ。(ここでか!)

こんなですがイズミちゃんが好きと仰ってくださったりゅあさんに捧げます!
長らくお待たせしてすみません!どうかお納め下さいませ!!
リクエスト、ありがとうございましたー♪

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