<SS 44444HIT Sleeping Beauty>





柔らかな温みにたゆたう模糊とした意識の狭間

微かに鼓膜をくすぐる彼女の鈴の音のような笑声


もう少しだけ、このまま






Sleeping Beauty







「ティファー、クラウド全然起きないんだけど!」

水気を拭き取った食器を棚に戻しながら二階から降りてきた子供達にちょっと肩を竦めて見せたティファは一緒にひとつ息も吐いた。

「…困った人ね。ん、じゃあもう時間だから二人ともいってらっしゃい」

かばんを横がけに背負ったデンゼルとマリンの襟元を直してやりながらハンカチ、宿題と忘れ物のチェックを行う。

「クラウド…疲れてるのかな」

少し視線を落としたマリンの傍らに膝を折ったティファはその小さな頬を両手で包みこんで大丈夫よ、と微笑んだ。

「今日の配達はそんなに多くないから、お夕飯は一緒に食べれられると思うわ」

明日はお休みだしね、と続けると幼い笑顔がふわっと咲く。

「…うん!行ってきます!」

先に外へ飛び出していたデンゼルがきょろきょろと店の前を伺い声を発した。

「なあ、ティファ…クラウド昨日バイク直しに行ったんだよな?」

「そのはずだけど…?」

マリンに続いて扉をくぐってきたティファに首を傾げる。

「無いよ、フェンリル」

「え…」

同時にエプロンのポケットに入れてあった携帯が着信を告げた。





「…お休みだったんだ」

子供たちが開け放したままの寝室の扉。

そこに足を踏み入れたティファは寝台を独り占めしている主に応えを期待しない程度で問いかけた。

案の定、安らかな寝息だけが返ってくる。

つ、と覗き込みあどけない寝顔にえい、とそのほっぺたをつついてやったが起きる気配は無かった。

「呆れちゃう」

沸き起こる可笑しさにくすくすと声が漏れる。

量より質だなんて言っておいて。

努めて声を抑えながら笑っているとクラウドの長い睫が僅かに震えたのが見えた。うっすらと碧色の瞳がのぞく。

「…リーブから電話あったよ?追加依頼があればそれも代配するって」

先ほどの電話内容を簡潔に伝える。

「んー…」

気の無い返事とどこかぼんやりとした虚ろな瞳はきっと未だ覚醒までは至っていないのだろう。

「まだ寝てる?」

「んー…」

「やっぱり疲れたんでしょ」

「ん…」

「『質』はどうしたのかしら」

「…」

すー、という深い寝息と共に僅かに開いていた瞳も閉じられた。

ちょっと意地の悪い問いかけに逃げられたような気分であったが、すうすうと寝息を立てるクラウドに腹を立てる気にもなれない。

…無防備。

安心した子供のような寝顔にそんな言葉が浮かんだ。

クラウドにとって、ここが「そういう場所」であるということに小さな幸福を感じる。

ティファはもう一度その頬を指先でそっと突付いてふふ、とまた笑みを零した。



残っていた洗濯物と、午前授業で正午過ぎにはお腹を空かせて帰宅する子供たちの昼食の下ごしらえも済ませたティファは

卓席で繕い物をしながらふと天井を見上げた。

「…お腹空かないのかしら」

出来る事ならあの寝台のシーツも替えたい。

からりと晴れた青い空を窓越しに見上げると「洗い物好き」のムシが疼く。

時計で二枚のシーツが乾く時間とクラウドの睡眠摂取時間を計算したティファはくん、と引いた糸を切ると針箱を簡単に片して立ち上がった。



そっと寝室を覗く。

規則的な寝息が続く彼の側に寄り、声を掛けてみた。

「クラウド」

反応は無い。

「…シーツ、替えたいんだけど…」

そろそろ起きない?と剥きだしの肩を揺すってもみる。

返ってくるのはやはり寝息のみだ。

腕を組み、片手を自分の顎に遣ったティファは小首を傾げてしばし思案し、うんとひとつ頷いてその腕を解いた。

「…転がすわよ」

ちゃんと断わったからね、と巻きついたシーツごとその身体をごろりと転がす。

素直に反転する彼が何だか可笑しくてぷ、と噴き出しそうになったが堪えた。

敷いてある方のシーツを半分だけ剥ぎ取るとその部分に新しいシーツを手早く広げる。

うつ伏せになったままぴくりとも動かないクラウドを反対側に回ってまた転がし、同じ動作を繰り返した。

両手を腰にあてたティファはぴん、と張ったシーツの整然さにふう、と息を吐く。

「…完璧だわ」

ホントに起きない人ねと笑いを含み、未だに眠り続ける彼が纏っているシーツを見つめた。

あとはこれだけだ。

ぎしりと寝台に片膝を乗せ細い腰骨の下に巻き込んだシーツの端っこを掴み、えいっと引き抜いてびくっとその手を離す。

「…も、もう…!」

着てって言ってるのにと熱くなった頬のまま引っ張ったシーツをまたその身体の下に押し込んだ。

何を見たのか知りたくも無いが、真っ赤になったまま動けずに居るティファの首元に うーん、と身体を捩ったクラウドの腕がずしりと絡む。

「え…ちょ」

抗い難い力で引き寄せられ、あ、と思う間に唇が触れ合った。

眠っている人間のやけに温かい体温と彼のにおい。

昨夜の自分の奮闘を思い出しながら、また騙されたのかと緊張が奔る。

軽く触れ合っただけでゆっくりと離れた口唇。

閉じた瞼にぎゅっと力を込めるのと同時にクラウドの腕からふっと力が抜けた。ぱたりと寝台に落ちる。

高鳴る鼓動のまま目を開ければ、安らかに眠る彼の寝顔。

「…」

なかなか治まらない拍音が妙に恥ずかしくて悔しいティファはちょっと潤んでしまった目できっとクラウドを睨みつけると

少しだけ開いた唇に注目する。

「あ…」

自分のそれにもそっと指をあてた。

淡く施したリップが僅かに移色し彼の薄い唇を彩って、ぴかりと艶めく。

「……」

何故か震える指先でその「色」を口角まで伸ばしてみた。

足りない。

ティファは寝台から降りると急いで鏡台の上に置いてある小さなポーチを取り上げた。

きゅ、と胸の前でそれを抱きしめると眠っているクラウドを見遣る。

先程とは様相の違う胸の高鳴りを抑える事が出来なかった。


「んふふ」

せっせと指先を駆使しながら高揚していく気分に思わず声が漏れる。

始めはリップだけのつもりだったのだが。


仕上げ用のパウダーケースをぱちんと閉じたティファは持っていたフェイスブラシをぽろりと取り落とした。

「や、やだ…スゴイ」


それでなくとも男性にしては肌理の細かい肌。それは薄く載せたファンデにより一層マットに。

目を開けられないのでビューラーこそ使えなかったが、この睫の長さなら充分だろう。

目尻に入れたアイラインと薄いシャドウにその瞳が開いた時を想像するだけでおかしな震えがきた。


「クラウドも…この色似合う…」

下唇の中心にグロスも重ねた自分と同色に艶めく唇を見つめてティファはほう、と熱い溜め息を吐いた。


『ほぼ完成品』を両手で頬杖をつきながらうっとりと眺めつくすとぽそ、とシーツに横たわる。

前にも一度だけこんなクラウドを見たことがあった。

(あの時は…ちょっと濃過ぎだったけど)

あのクラウドが、こんな事をしてまで…自分を助けに来てくれた。

何だかくすぐったい想いに喉を鳴らそうとしたが、急に襲ってきた気だるさで面倒になる。

馴染んだ寝台のにおいは一気に眠気を誘引した。

(やっぱり、クラウドはこのくらいの方が、絶対…似、あう…)


透き通るような睡魔はあっという間にティファを包み込んでいった。





「…寝過ぎたかな」

のそりと起き上がったクラウドは片腕を高く持ち上げ伸びをしようとしてふと隣の気配に気付いた。

「ティファ…?」

うつ伏せてすうすうと眠る彼女に見入る。

寝台の下にくしゃくしゃと落ちているシーツを見止め、ティファが何をしようとしていたかを悟った。(散らばる化粧道具は目に入らなかったようだ)

「ティファだって…疲れてるよな」

頬に掛かる艶やかな黒髪を除けてやった。

そういえば、眠っている間に時々聞こえてきた『くすくす笑い』は彼女のものだったように思う。

可愛い寝顔にふ、と頬を緩めたクラウドは「眠り姫」を起こさないようにそっと寝台から降り、衣服を簡単に纏うと静かに寝室を出る。

盛大な欠伸で階段を降り、風呂場の扉に視線を投げた。が。

(…水)

渇いた喉がその踵を返させた。


階下に降りた彼は真っ直ぐに厨房の冷蔵庫へと向かう。

中から取り出した冷水をグラスに注ぎながら店の卓席に置かれたままの裁縫道具と、繕い物の途中だったのだろう衣服を見遣った。

急ぎの洗濯だったのだろうか。

「…起こした方が良かったのかもしれないな」

一気にあおったグラスをカウンターに置くと階上に向けて踏み出そうとした足が店扉を叩く音に止まる。



「毎度!ティファちゃん、ちょっと遅くなっちまって…野さ…い」

馴染みの八百屋の配達員は目が合ったまま何やら動かなくなった。

「午前中には引き取りに来いと言っただろう!私にだって都合が…」

来たら殺すと言い含めてあるイズミもフェンリルを積んだ小型トラックから降り立ったまま口を噤んだ。

「「ただいまーーー!!」」

その向こうから元気な子供たちが駆けてくるのが見える。





「…んー」

寝台で上体を起こしたティファはのんびりと伸びをした。

「あら…?私…」

寝台の下でくしゃくしゃになっているシーツを映した鳶色の瞳に光がもどる。


「大変…!お洗濯…っ」



大変なのは階下である。






FIN


眠り姫……お前がな(うひ)

44444HITを踏み抜いてくださいました澪さんのリクエストで、お題は
「『寝込みを襲うテハ!!』……否、日頃頑張るティファにタヌキでないクラウドを
どーん! とプレゼントして頂きたい」というものでしたv
「鼻を抓まむなり、額に落書きするなり、ティファに好きな様にイジクってもらいたい!!」
とのコトで、「落書き」が度を越して突貫工事に(笑)
…あの、ティファはとっても楽しんだと思います…が、、如何でしょう(逃走準備)

澪さん、キリ番フミフミと報告、リクエストもありがとうございましたーww
すわっ!(脱兎)


11月4日追記
宿帳」のひちこさんがなんとオナゴクラを描いてくださいました!!
ここv(家宝ページに飛びますv)
う、うふふふフ…(悶え全開)

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