<SS I wish>
欲しいものは何?
欲しいもの
わたしが欲しいもの
それは
I wish
「欲しいものはあるか?」
優しい声がする
閉じたままの瞼の上からでもわかる陽光
もう起きなくちゃ、とか
朝食のサラダに何を使おう、とか
いろいろ考えてたりする
ぼんやりとした微睡みの中
大きな手がこめかみから耳の後ろへとゆっくり髪を梳いて
胸の奥がふわりと暖かくなる
誰…?
「ティファ、何が欲しい?」
この声はパパ。
大好きだった、声。
「もうすぐ誕生日だろう?」
微笑んで見下ろす父のあったかい手をきゅうと握り返して
あれこれと悩んだ幼い日々。
パパ、わたしね 猫が欲しいの
ふわふわしていてあったかくて、
エルザの家の子猫みたいにじぃっとお顔を見上げて可愛く鳴く猫
近所の友達の家で飼われていた子猫。
羨ましくて、よく遊びに行って抱かせてもらったけど私の腕の中は居心地が悪いのか
すぐに友人のひざに戻ってしまった。
ちょっと悔しかった。
だから、猫が欲しい
毎日ぎゅって抱きしめて、大切に 大事に育てたらきっと
わたしだけの、猫になるわ
そうか、と言った父はわたしの誕生日に猫のぬいぐるみをプレゼントしてくれた。
ママは病気なんだよって諭す父が不服を顕わにしていた私の顔を見て少し淋しそうに笑うから、
自分は悪い事をしたんだと思った。
どうしても抱いて眠る気になれずになんとなくピアノの上に置いた真っ白な猫。
ひんやりとしたぬいぐるみの硬い瞳が夜の闇の隙間から「悪い子」のわたしをじっと見つめている。
裸足で寝台から降り、猫を後ろ向きに置き換えた。
ピアノのふちにぷらりと下がった白いしっぽ。
何故かいたたまれなくて急いで寝台に戻り、布団の中で丸くなったけど
冷えた足先はなかなか温まらなかった。
いつからだろう
欲しいものを 欲しいと言えなくなってしまったのは
大人になったら何でも手に入ると思っていたあの頃
いざ大人になってみると
本当に欲しいものはお金で買えるものではないことにも気付いた
泣いても喚いても手に入らないものなのだと気付いてしまった
手に入らないのなら
はじめから 欲しがらなければいい
「ティファ?…聞こえてるか?」
…うん、聞こえてる
窓から差し込む暖かい日差しも
緩い風に揺れるカーテンの気配も感じてる
でも瞼も体もうまく動かないの
「何が欲しい?」
心地良い声
耳に安らぐその甘い音色が
またシーツに意識を溶かしてしまう
ねえ、
誰…?
「ね、欲しいもの言ってみて」
優しい香りの風が吹いた。
ふんわりと甘い、よく知っている懐かしい香り。
なに?突然
「ティファが今一番欲しいものはなあに?」
そうね、回復アイテムも補充したいし食料もそろそろ…次の町まであとどれくらいかなぁ
「…そういうことじゃなくてー、」
大きな翡翠の瞳を優しげに細めたエアリスが少しだけ首を傾げて私の顔を覗き込む。
……な、に?
「私の言ってること、わかる?」
清らかな大地を思わせるその瞳の前で『こころ』が後退さりを始めた。
何もかも見透かされているようで胸の奥が怯える。
――あなたが本当に、欲しいものは?――
…ごめん、よく、わからない…
手に入らないことがわかっているから欲しくない振りをする
いらない、と強がる
「ティファらしいけど…そのままじゃダメだと思うよ?」
少し困ったように微笑んだ彼女が色付いた緩い風とともにふわりと消えた。
エアリス…?
これは、夢。
だって、
パパも
エアリスも
もう いない
「――っ…」
夢だ。
夢の中では涙がいっぱい零れたのに
深い意識の底で横たわる自分の体は喉の奥から小さな嗚咽を漏らしただけだと感じた。
いやだ。
こんな寂しい夢はいやだ。
痛みに溢れた心は覚醒を試みるのに、何故か身体が言う事を訊かない。
鉛のように重い身体が意識まで漆黒の闇に堕としてしまいそうだ。
閉じたままの瞳の奥で小さな猫の白いしっぽがぷらりと揺れる
そのままじゃ ダメだよティファ 手を伸ばさないと――
頬を滑った指先が目元に触れる。
目尻に滲んだ滴を拭って離れていこうとしたその手を咄嗟に掴んだ。
「ティファ…?」
ぬくもりにしがみ付くように ぎゅ、と握り締める。
ここにいる、とその人が笑みを零す音がして張り詰めていた空気が緩んだ。
「…欲しいものを教えてくれないか」
欲しくて、欲しくて
両手を差し出して与えられるのをただ待っていただけの幼かった頃の自分。
欲しいけど
傷つくのが怖くて『諦める事』を『大人になる事』とすり替えていたあの頃の自分。
手を、伸ばさないと――
そうだね
手に入らないのなら、手に入れられるように努力すればいい
それでもし傷ついたとしても、何もせずに後悔するよりはずっといい
失くしてからその大切さを痛いほど思い知る
そんなことはもう二度とあってほしくない
だから、手を伸ばして
心の隅に置き去りにしたままだった猫のぬいぐるみを抱きしめた。
ひんやりとした感触が抱いた腕の中であっという間にぬくもりを帯びていくことに驚く。
欲しいものを欲しいと言える勇気を
本当の気持ちを 想いを
後ろ手に手を組んだエアリスがゆっくりと振り返って微笑んだ。
――あなたが一番欲しいものは?――
その名前を
ふわふわとあたたかい真っ白な猫をぎゅ、と抱きしめてティファは口を開いた。
「…ド」
クラウドが ほしい
きゅ、と手を握り返された
気が、した
「………、あら?」
寝台の上で半身を起こしたティファはぼんやりと寝室である部屋を見回した。
半分だけ開かれた窓から吹き込む風に煽られて緩やかに舞うカーテンだけが
この部屋で唯一動きをみせるものである事になんとなく首を傾げる。
ずっと、クラウドがそばに居たような――
右手を持ち上げたティファはその掌をじっと見つめた。
夢から夢へと誘われた後のあやふやな混同感。
いまとなってはつい先程まで見ていたその夢の内容すら思い出せない。
「…――!」
ぼうっとする意識は何気なく見遣った時計の針の位置で一気に現実に引き戻された。
「あ、クラウド!どうだった?」
階段の下で腕を組み、自分の顎先を片手でつまんだまま突っ立っているクラウドに気付いた子供たちが
その足元に群がった。
「…ん?」
「聞いてきてくれたんだろ、ティファの欲しいもの!」
この男に不可能は無いと信奉するデンゼルは子供らしい大きな目を爛々とさせて見上げる。
「欲しいもの…」
クラウドは覇気無くぽつりと呟くとそのまま空を睨んだ。
言ったきり時間の止まってしまったクラウドの服の裾を掴んでいたデンゼルはそれを手放す。
「ダメだったか…」
「…やっぱり。寝起きに聞きだそうなんてずるいことはダメなんだよ」
はあ、と溜め息を零したデンゼルをマリンは窘めるように言った。デンゼルが口を尖らせる。
「なんだよ、マリンだってせっかく贈るならティファの欲しいものって言ったじゃんか」
そうだけど、と呟いたマリンが未だ遠くを見つめる青年を見上げた。
「クラウドはティファを早起きさせないっていうお仕事をちゃんと果たしたんだから責めたら可哀想だよ」
ね、と微笑まれてクラウドはふと我に返ると小さな二つの頭に手を載せた。
「作戦的にはなかなか良かったと思うが…」
「ティファって結構ガンコだもんね」
頭を撫でられたマリンがにっこり笑って続けたのでクラウドは案外素直だぞ、という言葉を飲み込んだ。
「でもすごいなクラウド。あの朝に強いティファがこんなに寝坊するなんて、どんな手使ったんだ?」
くせのある髪をくしゃくしゃにされながらデンゼルはまたあの熱い羨望の眼差しを向ける。
マリンも同じように見上げた。
「…秘密だ」
クラウドは両手の人差し指を交差して口角を上げた口元に添えた。
「なんだよ教えろよー!」
衣服の裾を掴んで食って掛かるデンゼルの隣でマリンが そういえば、と階上を見上げる。
「ティファ、まだ寝てた?」
「ああ、…でも」
少し前から二階での聞き慣れた足音に気付いていたクラウドも顔を上げた。
「ご、ごめんねこんな時間まで…ってみんなここで何してるの?」
階段下に集まっている家族に見上げられてティファは何となく乱れてもいない髪や衣服を手直しした。
一度顔を見合わせたデンゼルとマリンがくすくすと笑って声を揃える。
「「お誕生日おめでとう、ティファ!」」
階段を降りきったティファが膝を折りその小さな笑顔を両腕で抱きしめた。
「ありがとう、二人とも。…大好きよ」
胸に溢れる幸福感。
そういえばここ数日子供達に贈り物についてのリサーチをされていた。
この笑顔が充分すぎるほどの贈り物だということをどうしたら伝えられるのか。
言葉にすればありきたりなものになってしまいそうだから、想いをこめて抱きしめる。
この笑顔を守っていこう
大事に、大切に抱きしめていよう
この手を伸ばして
手を、伸ばす…?
胸の内で呟いた言葉を反芻したティファは聞き覚えのあるそれに記憶の糸を手繰り寄せた。
「…苦しいよ、ティファ」
「あ、ごめんね」
もぞもぞと身動ぎするデンゼルに気が付いて子供たちを解放し、首を捻った。
なんだろう、今何か思い出しかけたんだけど…
「クラウドは?」
もう一度抱きついてきたマリンが おめでとうは?、と彼を見上げる。
「もう言った」
な?、と青碧の瞳を細めて微笑まれつい先程身支度を整える際に発見した首筋に散らばる祝福の痕跡を思い出して
あっという間に頬が熱くなった。
「なあ、本当に欲しいものないの?」
「え…?」
何気に横髪を前へ前へと手櫛で梳いていたティファはデンゼルの問いにどきりとする。
「ほしい、もの…?」
なんとなく隣に立つクラウドを見上げた。
こちらも同様、腕を組んだままティファを見下ろしたクラウドの淡い蒼眼がふいと逸れた。
横を向いたその頬がなんだか染まっているように見える。
あ、あら…?
「もう、いいじゃないデンゼル!プレゼントは二人で考えて決めようよ。どれにしようか悩むのもきっと楽しいよ」
ティファの膝からぴょんと飛び降りたマリンが それより、と微笑んだ。
「お腹すいちゃった、用意できてるから食べよう?」
ほら、用意用意、とデンゼルの手を取って台所へと駆けていく。
欲しいものを教えてくれないか――
子供たちの後ろ姿をぼんやりと見つめていたティファの目の前に ん、と差し出された大きな手。
つられてその手を取った右手に朧ろげな夢の記憶が蘇える。
「あの…クラウド」
触れ合った掌がまるで心臓のように鼓動しているように思えた。
「今朝、部屋に…来た?」
手を引いて歩き出すクラウドはこちらを見ようとしない。
否定されない事になんだか手も顔も熱くなってくる。
「わ、私、…何か言った?」
聞かないほうがいいような気がしたが沈黙はきついものだ。
ぐいぐいと引っ張られていたティファは突然ぴたりと歩みを止めたクラウドの背中に激突する。
勢いで前屈みだったため彼の肩甲骨にしこたま打ちつけた鼻先を押さえた。
「ご、ごめ…」
「…とっくに」
ちらりと鼻頭に手を当てるティファを見遣るとぼそ、と呟く。
「ティファのものだと思ってたんだけどな」
体中を巡る血液が一瞬で沸騰して顔面に集中するのがわかった。
きゅ、と握り返された手の感触に覚えがあったからだ。
「あ、あれはエアリスに…」
「エアリスにも言ったのか」
夢の中のことをしかも断片的に話しても通じないものだがクラウドは少し驚いたような表情を見せると
ぽりぽりと片手で頭を掻いた。
「…じゃあ、気合い入れないとな」
「え、」
期待しててくれ、と囁かれ極上の笑みを向けられてティファは押し黙るしかなかった。
再度手を引いて歩き出す彼のあたたかい手。
何だか嬉しそうなクラウドと、その先の整えられた食卓に 早くー!と笑う子供たち。
自然、自分にも笑みが零れる。
相手の笑顔が自分の笑顔に繋がる幸せ
この笑顔を抱きしめていこう
この幸せが
今あるものがずっと
ずっとここにあるように
手を伸ばして。
今欲しいものがあるとすれば、それは
諦めずに歩いた先にきっとある、
幸福な未来。
FIN
そんな不埒な笑みに惑わされていいものか、とか
やっぱりクラウドが良い思いしてる、とか言わんでやってください。
みんな仲良しで幸せなティファの誕生日に乾杯。(はい、ムリヤリ)