<FF8SS Don't foget>
忘れてしまおう
暖かな部屋 音も無く色とりどりに瞬くクリスマスツリー 鳴り響く電話のベル
忘れて、しまおう…
凍りついた夜 サイレンの音 果たされなかった約束…
Don't forget
「う…わぁ−っきれ−!」
エスタ大統領官邸をしのぐほどの巨大なクリスマスツリーの下に、彼女はいた。
クリーム色のハイネックセーターに淡いベージュのフードコート。ケーブル柄の胸元には二つのシルバーリングがツリーの電飾を映して
小さく輝く。
その長い黒髪の少女―リノアは、一人でここに来ていた。
「思ったとおり、カップルばっかりね…」
あたりは寒さに互いの身を寄せ合う恋人達だらけである。
その輪から抜けて少し離れた場所にあるベンチに座った。
ここなら邪魔にならないよね
両手で頬杖をついて正面に見えるツリーをじっと見据える。
恋人達のまなざしを一身に受け、それらを七色に瞬くやさしい光で包み込むクリスマスツリー。
まるで夜空の星がちりばめられたような幻想的な光景にリノアは感嘆の息をもらした。
ツリーの飾りつけはパパの役割だった
ママは毎年ケーキを焼いてくれた
優しいパパと笑顔のママ 暖かく、緩やかに流れる時間
ツリーの輝きがにじんで見えてきたのに気付いたリノアは顔を上げる。
「スコール…やっぱり一緒にいたかったなぁ…」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
゛ESTHAR CITY PRESENTS,X’masIllumination"
クリスマスツリーの完成予想図がでかでかと載っているポスターを、呆れ顔で見つめているのはスコールだった。
「(あいつの考えそうなことだ…)」
官邸前に?でっかいツリーを飾る?酔狂としか思えないな…
大体こんなことあのキロスが許すわけ…
と、遠くに目をやると、はるか官邸の前あたりに建造中のものが。
ここからでも見える…
スコールは大きなため息をついた。
「スコール!何やってんの!早く早くーっ」
幸い、彼の最愛なる恋人リノアにはまだこのことに気付かれていないらしい。
尤も、今の彼女の頭の中はこれから始まるであろうショッピングのことで手一杯なのだが。
「(…行きたがるんだろうな…)」
スコールも、別に二人で行くのが嫌な訳ではない。リノアの喜ぶ顔だって見たい。
ただ、仕事で約束が流れたときのことを考えると恐ろしいのだ。
ただでさえ年末。どんな稼業も忙しいのが当たり前、SeeDとてその例にもれる事はない。
すでに何件か要請の予約が入ってきているのが現状なのだ。
リノアがこのポスターに気付くのは時間の問題。
「スコールったら!」
頭を抱えつつ、恋人の元へと駆け寄るスコールであった…。
二人はショッピングモールのはずれにあるオープンカフェのテラスで休憩している。
リノアに連れまわされていささかお疲れのスコールの横には…何のことはない、買い物袋ひとつに収まりきる量の荷物が置かれている。
あれだけ歩き回って、何でこれだけなんだ?
良く言えば買い物上手、悪く言えば優柔不断で決断力がない、そういうところか。
「ね、スコール。あれ見て」
しばらく外を眺めていたリノアがふいに口を開いた。
リノアの指差すほうを見ると、何の変哲もないふつうのカップルが楽しそうに会話している。
「…あれがどうかしたか?」
「今ね、ちょうど彼氏さんが来たとこなの。『待った?』って言ったのよ そしたら彼女さん『ううん,今来たところ』ってそう言ったのよ!
あの娘あそこで30分は待ってたのに!」
オレンジジュースをストローでからからとかき回す。
「(…何見てるんだよ…)待ち合わせは成立したんだろ?いいじゃないかそれで」
リノアの目がキラリと輝くのをスコールは見逃さなかった。
「いい…よね スコールもそう思う?そう!すごくいいのよ!…いいなぁ あ−ゆうの…」
イヤな予感がしてそれとなく先手を打ってみる。
「…ガーデンの前で待ち合わせてるだろ?」
冷めかけたコーヒーに口をつける。
「それとはちょっと違うのよねえ〜 ね、ね、今度やってみようよっ」
予感は的中だ。
「…同じ場所から?」
「うん」
「…時間ずらして?」
「うん」
「(何て非能率的なんだ)」
この心の声はリノアに届くことはなかった。
彼女の『お願いモード』の潤んだ瞳に打ち消されてしまったからだ。
スコールはこれに弱いことを自覚している。
「……今度な」
「やった−っ!!」
今にも椅子から飛び上がりそうなくらいリノアは喜んでいる。
その正面で一人冷めてしまったコーヒーを飲み 小さくため息をつくスコール…
「なあ…聞いたか?明日のこと」
ここはガーデンの食堂。腕いっぱいにパンを抱えたゼルがAランチを食べるアーヴァインの前に座りながら言った。
「なぁ〜んでそこに座るんだよう せっかく女の子達のためにあけておいたのに」
「いいじゃねえかよっ …よお、セルフィ」
自分の後ろに視線を移しながらのゼルの言葉にスプーンを取り落としそうになりながら振り返るアーヴァイン。
しかしそこには誰もいない。
「…ゼ〜ルぅ 頼むよ〜」心底安堵の表情を浮かべて座りなおす。
「ビクつくぐらいならチャラチャラしなきゃいいだろ」
格闘家、硬派のゼル正論である。
「それよりよ、聞いたかって」
身を乗り出すようにして小声になる。
「ああ、明日だろ〜 クリスマス・イブ…」
「そうじゃなくて、…そのイブによ、スコール仕事入っちまったんだよ」
「そんなこといったら僕の(?)セフィだって仕事だよ〜」
「そりゃあ俺もお前も同じだけどよ、スコールの任務 徹夜らしいんだ」
アーヴァインが少し眉をひそめた。「何それ、どっかで戦争でも始まったの?」
「それがよ、どっかのお偉いさんとこのパーティ警備なんだってよ」
「オールナイトってこと?」
「そーゆうことだよな」
乗り出していた身体を戻し、背もたれにどっと寄りかかる。
「…スコール最近むちゃくちゃ忙しいよね〜 姫様とずいぶんやりあってるらしいよ〜何でも二ヶ月前にエスタでデートしたっきりだとか…」
「今日も帰りは遅いらしいぜ」
パンの袋を開け、それにかぶりつく。
「何か学園長に嫌われてんじゃない〜?お気に入りのサイファーのカード取っちゃったし」
食器を下げに来たウェイトレスにコーヒーを頼むアーヴァインがゼルからの冷ややかな視線に気付く。
「あ〜 今“バカだな"って思っただろ〜 でもさあ〜そうでも考えないとおかしいじゃない?ガーデン一の公認の仲だっていうのにさあ
二人の仲を引き裂こうとしてるとしか思えないよ〜」
「とりあえず明日の件はクライアントからのご指名ってことになってるらしいぜ」
もうひとつのパンに手をつけながらゼルの声がまた小さくなる。
「とにかく、このことはスコールが帰ってくるまでリノアには内緒に…」
「あ、リノア」
「…何だよ 俺はその手にはのらね−ぞ。さっきの仕返しか? だからリノアには…」
「私には…何?」
突然降ってきた話の主の声にゼルは飛び上がり、持っていた好物のパンを落としてしまった。
「ここ、いい?」
ゼルの隣に座るリノア。コーヒーを持ってきたウェイトレスにミルクティーを注文する。
「よ、よおっリノア ひ、昼飯か?」ゼルの声は裏返った。
「ううん、お昼は年少クラスの子達と済ませてきたの。」
魔女であるリノアは今や『魔女学』の特別講師である。
「お茶にしようと思ってね…パン、落ちてるよ」
床に落ちているパンを拾い上げると、にっこりとゼルに手渡す。
「…何を内緒にするって?」
その言葉を聞いてゼルは蒼白の表情で手渡されたパンをそのまま食べてしまうのだった。
「(あ〜あ、だから言ったのに…)」
届けられた熱いコーヒーをすすってからアーヴァインが口を開いた。「…あのね、リノア…」
「…ふ〜ん そうなんだ〜…」
「…………」
何となく気まずい雰囲気である。しかし、その沈黙を破ったのはリノア本人。
「…仕事じゃあしょうがないよねぇ…」
「……?どうしたの?」
その言葉を発したときのリノアの表情に浮かんだわずかながらの安堵感を見て取ったアーヴァイン。
よほどゼルのほうが落ち込んだ顔をしている。
「ん?何が?」
本人も気付いていないのか、ミルクティーを飲みほすと
「さて、と 子供たちに次の授業の準備させなきゃ」
立ち上がり、ゼルの顔を覗き込む。
「心配してくれてありがとね。でも床に落ちたパンは食べないほうがいいと思うよ」
にっこりと微笑み、食堂を出て行く。
「…なんか変じゃない〜?」
「そうか?俺も床に落ちたパンは食おうと思わないぜ」
自分の行動に気付いてない人間がここにも一人。
「達観してきたのかしら」
いつのまにかキスティスがランチを手に、立っていた
「(もう〜みんな気配消すのやめてよ〜)キスティ、今から昼食?」
そう言って自分の隣の椅子を引き、キスティスを座らせる。
「ちょっと授業がおしちゃってね。…何、あの話?」
「全く不幸な話だよな 誰だよスコールご指名のクライアントってのは」
ゼルは憤慨寸前。キスティスは少し目を細めた。
「…依頼人は…ガルバディア大統領…カーウェイよ」
「…はぁ!?」大の男二人が声をそろえる。
「それって…ほんっと−に不幸だな…これこそリノアには内緒だぜ」
「だ〜から、嫌われてんじゃないの〜。リノアのカードも取っちゃったしさぁ〜」
今度は二人からの冷たい視線がアーヴァインに突き刺さる。
「バカね」
「ホントだぜ」
スコールがガーデンに戻ってきたのは夜半前。
自室に入るや否や、着の身着のままベッドに倒れこむ。
「…さすがに疲れたな…」
それもそのはず、ガーデンにやっとたどり着いたと思ったら次の任務の話。しかも考えるのも恐ろしい内容だった。
「(リノア…怒るだろうな…)」
また約束を破らなければならない…
そこまで考えてスコールは気がついた。
約束…?
ベッドの上で体を起こし、しばし考え込む。
約束…してない…よな
二ヶ月前のエスタでもリノアは何も言ってこなかった。
あのあと運悪く(?)あのイベントのビラ配りに出くわしてしまったのに。
チラシを見たリノアは少し表情を緩めただけですぐにそれを袋の中にしまい込んでしまったのだ。
その後も、何も無かったよな…確か。
G.Fのこともある。かなり忘れっぽいスコールはもう少しよく思い出してみようと目を閉じる。
何しろあのセルフィに次ぐと思われるほどのお祭り好きリノアである。
何もないはずが無い…が、無いのである。
…無い…覚えが無い…全く。俺、ヤバいのか?
スコールはもう一度眉間にしわが寄るぐらい目を閉じた。しかし今度は眩暈かと思うほどの眠気に襲われる。
「(…限界だ)」
倒れるようにベッドにうずもれると急速に意識が遠のく。
とりあえず明日の任務は夕方からだ…その前にリノアと…どこかへ…
途切れそうな意識の中でリノアが部屋に入ってきたのを何とか認識した。が、体はもう言うことをきかない
「スコール…お帰り…眠っちゃったかな?」
ベッドのそばに近寄ったリノアから彼女の愛用している甘いコロンがふわりと香り、スコールのぼやけた意識に刺激を与えた。
「…上着ぐらい脱がなきゃ…皺になっちゃうよ」
上着に手をかけようとしたリノアは急にその手を引っ張られ一瞬のうちにスコールの腕の中である。
「…ただいま」
「びっくりした…って起こしちゃった?ごめんね」
「いや…いい、リノアに会えたから」
いつに無く素直なスコールの発言にリノアは思わず赤くなった。
「どうしたの?スコール…」
「どうもしない…会いたかっただけだ もう寝てると思ってたから」
半分寝ボケ頭のスコール、普段では恥ずかしくて言えない言葉がすらすらと出てくる。
「…スコール…」
漆黒の瞳を潤ませるリノアの首の後ろを押さえると、ゆっくりと自分の唇に彼女のそれを降ろさせる。
「何か…久しぶりだねこーゆうの」
力強く抱きしめられたままリノアはその胸に顔をうずめる。
「そう…だな」
「…あのね、スコール…話してもいいかな…明日のことなんだけど…」
そこまで言ったリノアはスコールの腕の力が抜けて行くのに気付く。
「…スコール?」
身を捩るように体を起こしてスコールを見ると静かな寝息を立てている。
こみ上げてくる笑いをこらえつつまたスコールの胸に耳を当てるリノア。規則正しい彼の鼓動。やすらかな心地よい場所。
そっとそこから抜け出すと、つついても転がしても起きないスコールの上着を脱がせてハンガーにかけ、毛布をかけてやる。
「…お疲れ様。明日もがんばってね…」
頬に軽くキスをすると、部屋の電気を消し、外に出て静かにドアを閉めた。
私にはこの場所がある
私は変われる 強くなれる…そうだよね、スコール
胸元の二つのシルバーリングをそっと握り締めるリノア。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
カーウェイ邸
任務の契約時間三十分前、依頼人本人に呼び出され不機嫌度は絶好調という面構えでスコールはカーウェイの自室に向かっていた。
彼が目を覚ましたのは正午過ぎ、決して早い目覚めではないことは彼も自覚している。
セルフィからリノアが出かけたことを聞き、置いていかれた犬のような気持ちが他覚症状としてその美形な顔に表われているのである。
「(確かに約束はしてないが…)」
折角の半日オフ日だったのに、と、あきらめのつかないスコール、彼もまた、出来ないこととはわかっていてもクリスマスを恋人と過ごす
ことに期待を寄せていないわけではなかった。
「(昨夜だって…)」
折角久しぶりにリノアに会えたのに、…睡魔に勝てなかった自分を恨むしかない。
リノアが来たことは覚えている…その後は…何を話したのかさえ覚えていない
言い知れぬ不満を廊下の脇に飾られた高価そうな花瓶にぶつけたい八つ当たり的な衝動を辛うじて理性が押さえ込む。
「失礼します」
ドアを開けると窓辺に立つ紳士の姿。
「やあ、来たかね」
カーウェイは黒のおとなしめのドレススーツに黒のネクタイを締め、一見喪服のようにも見えるが端正な顔立ちがそれを制している。
「ご用件は」
「…相変わらず無愛想な男だね。まあ、ちょっとついてきてくれたまえ」
そう言ってスコールを促し部屋を出るカーウェイ。屋敷の裏庭の奥へと連れ出される。
「ここだ」
「これは…」
バラの垣根に囲まれて、それはあった。石板には今日の日付が刻まれている。
「…リノアの母親。…私の妻の墓だ。見てのとおり、今日が命日でね」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「よおっ!やっぱりリノアちゃんだ!」
「…ラグナさん!?」
マスタード色のダウンベストをはおったラグナがツリーのまえにたたずむリノアに駆け寄った。
「何だ スコール待ってんのか?女の子を待たせるなんてヒドイ男だ!」(親子である)
きょろきょろとあたりを見回すラグナ。
「…スコールは…来ません。今日はお仕事があるから」
ラグナの表情が少し曇る。リノアは慌てて訂正する。
「あ、いいんです いいんです!別に喧嘩してるわけじゃなくて…よくあることだし…それに今日は一人で来たかったのかもしれない…」
「(やっぱり喧嘩してんのか?)…どうして?」
ついつい親心が出て悩みを聞いてあげたくなるラグナ。
「一人でも…見たかったんです このツリー…。こんなすごいツリーなら、今までの私を許してくれるような気がして…
忘れられるような気がして…」
「忘れる?」
リノアは困惑の表情を浮かべるラグナをしばし見つめると、ゆっくりと微笑んだ。
「ラグナさん、今日は母の命日なんです」
「え…」
「買い物に出かけて…交通事故で…そのまま帰ってこなかったんです。
ちょっと出かけてくる、すぐ戻るからって、 私、クリスマスツリーを見ながらずっと母の帰りを待ってた…
それから私、クリスマスもクリスマスツリーも大嫌いになりました。父も、仕事が忙しくなったのか家をあけることが多くなって…
ツリーの前にいるとどうしても、誰かを待ってるような気がしてきて…見るのも嫌になっちゃったんです」
ラグナは泣いていた。小さい女の子系のこういう話には滅法弱いらしい。
「…どうして泣くんですか?」
気付いたリノアが慌ててハンカチを取り出す。
「…どうして泣かないんだ?」
手渡されたハンカチで恥ずかしそうに涙をぬぐうラグナが返した。
「…泣くと、周りの人に迷惑をかけるから…折角のクリスマスなのに盛り下がっちゃうでしょ…あ、ごめんなさいこんな話ラグナさんに…」
「いいってことよ。話せば少しは気が楽になるってもんだ」
リノアは明るい顔を見せた。
「でも今年からは違う。すぐそばにみんなの心を感じる。もうツリーのまえで泣くことなんか無い。…私は一人じゃない それに…」
ラグナの顔を覗き込むようにしてにっこりと笑った。
「今、ツリーの前にいたら…ラグナさんが来てくれた」
ラグナ、号泣。
「(違うだろ ホントに逢いたいのは俺なんかじゃなくて…)」
「私、本当に今年から変われると思うんです。それを…確かめたかったんです」
そう言って大きな美しいツリーを見上げる。
「よっしリノア!! これからなんかうまいもんでも食いいこーぜっ
ちょうどエルも友達とのパーティーに出かけちまったからむさくるしい男たちしかいね−んだ。」
「あ」
リノアが気付く。
ラグナの後ろから、声。
「誰がむさくるしいって?」
「キ…キロス…」
「全く。トイレが長いと思ったら…ナンパもいいがその前に仕事を終わらせてからにしてくれないか?ラグナ君。」
口元は笑っているが目は笑っていない。ラグナの首根っこをつかんでずるずる引きずって行く。
「ちゃっちゃと片付けてくっからよ〜」
観念したように手をひらひらと振るラグナ。
不意に振り返ったキロス。
「…リノア君。ここでは寒いだろうから、どうぞ中でお待ちになっては?」
「ありがとうキロスさん…でも、もう少し見てていいですか?」
「…話は通しておきます。ロビーには本もたくさんありますよ」
そう言って笑顔を見せるキロスの目はやさしい。
自然、リノアも笑みがこぼれる。
「幼少期のトラクマか…」
官邸に連れ戻されたラグナがぼそりとつぶやく。
「……クマではなくウマだ」
しっかり突っ込むキロスも気にはなっていた。さっきの話は聞こえていたらしい。
「…一人で直すには薬が必要だろうに」
特効薬は仕事に行っている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ジュリアが死んで…あれにはつらい思いをさせてきたと思っている。この家を出ていってしまっても毎年こうやって花を供えにくるんだ」
真っ赤なバラの花束を手に取る。
「ジュリアの一番好きだった花だ」
「………」
黙り込むスコール。
リノアはそんなこと一言も…
「やはり君にも話してなかったか…リノアはあれで結構気を使う子でね。母親の死に私の前でも泣いたことは無いんだよ。
ただ…ツリーを見るとどうしても押さえきれなくなるらしくてね、ぽろぽろと涙をこぼすんだ。そんな彼女を見るのが耐えられなくて
…私は仕事に逃げた…父親失格だな」
スコールは言葉が見つからなかった。
「…今日は何人で来たのかね?」
「…?俺を合わせて四人です」
カーウェイはふん、と肯くとスコールに向き直った。
「では君に特別任務を与える。内容は…娘の…リノアの捜索と保護その後速やかに安全な場所へ誘導してくれ」
少し考え込むスコール。
「…それはクライアントからの依頼ですか?」
カーウェイが苦笑する。
「君も案外意地が悪いな…これはクライアントとしての正式な依頼であり、また、父親としての…エゴイストな頼みだ。
報告は後者を取って…無くて良い」
「しかし…警備のほうは…」
「三人残れば十分だろう…少数精鋭が自慢のSeeDではなかったかね?」
スコールは頭を抱えた。
「…このために俺を指名したんですか」
「そういうことになる…かな。公私混同、何とでも言いたまえ。私は父親だ。君にしか頼めないこともわかっている」
「………」
「さあ、もうそろそろ時間だ。君もしっかり任務を遂行してくれ」
敬礼をして下がろうとするスコールにカーウェイが振り向かずに言った。
「リノアのこと…頼んだよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「あっれ〜?スコール 今日泊りがけじゃなかったっけ〜?」
「セルフィ、リノア知らないか?」
ガーデンに戻ったスコール、誰彼かまわず問い詰めていくが誰もリノアの行き先を知るものはいない。
「スコールが知らないのに僕達にわかるわけ無いじゃない〜」
「どこ行ったんだよ…」
廊下の壁に寄りかかり、頭を抱えるスコール。
話してくれないとわからないじゃないか…
「(……どこかで聞いた台詞だ)」
額に当てた指の隙間から廊下の奥に人影をとらえる。長い黒髪。深紅のロングドレスをまとった女性。
「…リノア?」
違う あれは…
体を起こし目を凝らすとそこには誰もいない。
「(…幻覚…?)」
その奥からアンジェロがトコトコと歩いてきて、先程幻覚の見えた場所に落ちているものを咥えあげる。
「…お前も置いて行かれたのか…?」
頭をなでてやるとアンジェロが咥えていた紙をスコールに差し出すように顔を上げた。
「これは…」
いつかエスタでもらったチラシ。
「ここに…行ったのか?」
アンジェロは くん、と鼻を鳴らすと早く行けとばかりに大きく一声あげた。
それにはじかれるように駆け出すスコール。自室で着替えを済ませ、時計を見ると十時前。
「(今からラグナロクで飛ばせば…今日中に…)」
確かな足取りでラグナロクへと向かうスコールに迷いは無かった。
リノアは必ずここにいる 確信が持てる。何故なら…
俺はあの女性を知っている …会ったことがある
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ゆっくりと、しかし確実に冬の夜の帳が降りてくる。
冷たく澄んだ空気がより一層ツリーの輝きを引き立てていく。
許して…くれる? 今まであなたのこと嫌ってた私を
本当は大好きだったの 本当だよ
でも あの時何も知らないではしゃいでた自分が許せなくて
つらくて、悲しくて…一人だった自分が…みじめで
暖かそうなカップルたちにあてられてリノアは少しうつむく
あたりにはもう家族連れの姿は見当たらない。寒さを物ともしない恋人たちだけがもうすぐ始まるであろうこのイベントのフィナーレを
今か今かと待ち構えている。
午前零時に電飾すべてをともしクリスマスキャロルを流す。考えたのはラグナだ。
節電のため終わり次第消灯。キロスの配慮である。
「やっぱりちょっと…寂しいかな」
弱音を吐くリノア。
だめだめ、と頭を振り、また顔を上げる。瞬間、ツリーがさらに輝きをましてあたりに歓声がわきおこった。フィナーレの始まりだ。
眩しさを覚えるほどの煌きの中でリノアは祈るようなしぐさをとる。
もうすぐ、もうすぐ終わる
私は泣かない
つらかったことも、悲しかったことも、許せなかった自分も全部
忘れてしまおう
そうすれば…
透き通るように響くクリスマスキャロルが流れ終わり、ひとつ、またひとつと電飾がおちてゆく。
イベントを見届けた恋人たちはこのために用意された臨時便に乗り遅れないようにとその場を後にして行く。
終わった…
私、泣かなかったよ…
「さ、私も帰ろう」
誰にも何も言わずに来たリノアは臨時便に遅れたら帰る手段が無いのだ。さすがにラグナに頼るわけにはいかない。
そう言えば、と振り返り、
「…ラグナさん、お仕事がんばって」
小声でそういったとき目に入る光景にリノアは心臓をつかまれるような感覚を覚えた。
思わず目をそむける。
…どうして…?
そこにあるのは光を伴わない、無言のクリスマスツリー。
どうしてこんな気持ちに…
わたしは泣かなかった
全部、忘れてしまおうと…
…忘れてしまえばいいの?
不意に浮かんでくる疑問に顔を上げるリノア。さっきまでの印象とは正反対の、冷たく、息を密めるようなツリーが見下ろしている。
それで、ほんとうに私は変われるの?
リノアはその場にしゃがみこんでしまった。
「(…嫌ってたんじゃない…私は…怖かったんだ…)」
その光景を窓から見ていたラグナ。ベストをつかんで走り出そうとするのをキロスに制される。
「だぁってよう!…キロスぅ仕事なんか明日でいいじゃねーか」
「その役目は君ではない。 ああ、君」
近くにいた警備兵に声をかけるキロス
「管理室に連絡をとってくれ。十分後にもう一度電飾をつけるようにと」
「…キロス?」
わけがわからない、といった表情のラグナにキロスは言葉を続けた。
「…たった今エアステーションから連絡があった。ラグナロクが一隻到着したそうだ」
ラグナの顔がぱぁっと明るくなる
「…キーロース−ぅ! お前っていいやつだなぁっ!」
ラグナが飛びつくがすぐに迷惑そうにはがされる。
「…点灯時間は10分。それ以上は譲らないぞ」
スコールはあせりを抑えられなかった。
遠くに見える官邸前の明かりがすでに消えていたからだ。
官邸前行きのリフトは帰路を急ぐ人々でごったがえしている。
「(…走ったほうが早いな)」
自分とは反対向きに押し寄せてくる人並みをかき分けつつ歩調を速めるスコール。
「通してくれ…頼む…」
楽しそうに会話を交わす恋人たちはそんな彼に気づくはずも無い。
この時ほどガンブレードを部屋においてきたことを悔やんだことは無いであろう。
いや、置いてきて正解だったのか。
怖かった…ツリーが私を無言で責めているようで…怖くて…見ることができなかったんだ…
目を閉じるリノア。
でも それなら…
私は…あのころの私じゃない。小さくて、ただ脅えているのを隠すことしかできなかった私はもういない。
リノアは立ち上がった。胸元のシルバーリングを硬く握り締める。
忘れることなんてできない どれも、私が存在してきた証なんだ
忘れなくて…いいんだ
さあ、目を開けて!
目を開けると光瞬くツリーが優しくリノアを迎えてくれた。
「(…どうして…?)」
呆然と立ち尽くすリノア。すぐ横から、聞きなれた声。
「…間に…合ったのか?」
また驚いて隣を見るとスコールがツリーを見上げている。
「…ス…コール?」
やっと絞り出した声にスコールが振り返る。優しく微笑んで
「…待ったか?」
ツリーの電飾を映して輝くリノアのひとみから大粒の涙が零れ落ちた。
そのまま笑顔を作り首を振る。
「…ううん…今、来たとこ」
そう言ってスコールの胸に飛び込んだ。
恋人はその冷えた体を強く強く、抱きしめた。
待ってましたとばかりに雪がちらつき始める。
忘れることなんてできない
そうだね 忘れなくってもいいんだよね
みんな、みんな私の思い出
そして今夜、思い出は塗り替えられる
私はこの日のことを決して忘れはしない…
FIN
二次SS処女作です。(厳密に言うとSSらしいSSの処女作)
読み直すともう恥ずかしい所だらけなのですが、コレがあったからこその今の私。
なのでそのまんま載せます。(推敲面倒等の言い訳…?)
スコリノ好きだったなぁ。。
スコールのあのムッツリスケベ具合がもうツボでツボで。(刺されろ柊)
しかしこの後クラティという大波に萌えを掻っ攫われていくのです。ざぱーん。